Cross Over
『そしたらさー!
‘’高本ー!お前は何回言われたらわかるんだー!‘’
って、すっごい大声で怒鳴るし、
尚更そのハゲ頭が茹でダコみたいに見えてさー!』
手を叩いて爆笑しながら
上司の悪口に花を咲かせている澪に
合わせて小さく笑いながら考えていた。
先日の朝のこと。
『あっ・・・ありがとうございましたっ!』
慌ててお礼を言ったものの、
彼はそれに返事をすることもなく
背を向けて歩いていった。
クールな雰囲気で、表情ひとつ変えない。
・・・でも・・
ふと頭上からした声に顔をあげた時の、
彼の姿が思い浮かぶ。
襟足の伸びた少し長めの髪。スラッと長身なのに、肩幅が広い大きな背中。
グレーのスーツを軽々と着こなし、中にはセンスのいい淡い色のシャツと赤いネクタイ。
鞄を持ったままポケットに手をいれ、スラっとしたその長身から見下ろしているその顔立ちを見たとき、
一瞬時が止まった気がした。
クールでぶっきらぼうな言い方だけど、
それに伴ってはいない優しい行動。
あの瞬間から、
ーーーー私はもう完全に恋に落ちていたのに。
『ちょっと。莉菜っ。聞いてる?』
はっと澪の顔を見る。
『ごめんごめん。ちょっと考えごとしてて。』
『ちょっとー。なんかあったの?』
グラスに入ったお酒を飲み干しなから言う澪に、
自分もグラスを傾けながら言った。
『ううん、なんでもない。』
もう一度会いたい。
せめて、どこの部署なのか。なんて名前なのか。
でも。
あんなにかっこいい人と、
どうにかなれるわけない。
あたしじゃきっと無理だ・・。
でも・・
彼のことがあの朝から
片時も頭を離れない。
ちょっと見てみるだけ。
それならいいよね。
澪にはまだ黙っておこう。
ちょっと・・・気になるだけ。
そんなことを考えながら、
グラスに入ったカクテルを飲み干した。