呉服屋の若旦那に恋しました
「……行ってらっしゃい」
「志貴、どうして……」
「4年分の誕生日プレゼント用意して待ってるから、4年後、ちゃんと受け取りに来い」
「え……」
「約束だ、衣都」
小指と小指が絡み合って、ゆっくりと離れ、ドアが閉まった。
戸惑いを隠せていない衣都に、俺は静かに手を振った。
アナウンスとともに、新幹線が動き出した。衣都が、徐々に遠くなっていき、ついに見えなくなった。
俺はあの日、新幹線が完全に見えなくなるまで、ホームに一人で立ち尽くしていた。
衣都が生まれてから初めて、衣都がそばにいない春を、迎えたんだ。
あの時とまるっきり同じ虚無感を、俺は今味わっていた。
庭の手入れをしても、五郎と散歩をしても、お客様からどんな風に容姿を褒められても、何も感じなくなった。
まるで貼り付けた様な笑顔だと、中本さんに言われてしまった。
唯一心が動いたことと言えば、衣都がいなくなってから3ヶ月が経った頃、意外な来客があったことだ。それは随分と会っていなかった藍さんだった。
衣都の代わりに何か忘れ物を取りに来たのかと思いきや、どうしても貸してほしいものがあると俺に言った。
……それは、今まで俺が書いた日記たちだと言う。
最初なぜそんなものが必要なのか…と、凄く疑問に思ったが、あの藍さんが頭を下げてまでお願いしてくるので、俺は慌てて日記を渡した。
すると、彼女は心の底からお礼を言って、そして、今まで本当にごめんなさい、とまた頭を下げた。
俺は、まったく彼女の行動の意味が理解できなかった。
けれど、彼女はそれだけ言い残して、去って言った。
これが、私にできる最後の償いだから、とかすかに呟いていた。
藍さんに出来る最後の償い……。
あれは一体、どういう意味だったのだろう。
そう思いながら、今日も1人で朝食を食べ、五郎に餌をあげ、桜にお線香をあげて、庭の手入れをしていた。
雪柳が、そろそろ満開を迎える。
雪のように白く小さな愛らしい花が、撓った枝の先まで咲きほこっていた。
4年前に購入した雪柳……ずいぶんと大きくなった。
近づいてみると、その汚れなき純白さに、眩暈がしてしまいそうになる。美しい。
落ちた花弁は、その名の通り雪のようで、俺はその花弁を両手でかき集めた。
衣都への愛情は、溶けない雪のようだ。
日を追うごとにしんしんと降り積もり、胸の中を埋め尽くす。
雪は溶けた方が“自然”なのに。