呉服屋の若旦那に恋しました
こんなに大切に扱わなきゃいけないものが、この世にあるんだ。
……俺は愛しさを超えて、なんだか恐怖に近い感情すら抱いていた。
どんな風に触っても傷つけてしまったらどうしようという考えが付き纏った。
抱っこをしてみなよ、と薫さんに言われたときは、どうしようかと思った。
触りたいけど、泣いたらどうしよう。落としちゃったらどうしよう。
そんな風に悩んでいたら、衣都が、俺の方に手を伸ばしてきたんだ。赤くてちっちゃな可愛い手を。
俺は咄嗟に衣都に腕を伸ばしてしまった。薫さんはゆっくりと衣都を俺に預けた。
……温かかった。とても。命の重みを両手いっぱいに感じ取った。
怖い。でも愛しい。でも、怖い。
こんなに愛おしいものがこの世に生まれてしまったら、もう何が起きてもこの子を守るために生き抜くしかないじゃないか。
「笑ってる」
「……薫さん、意外と重いんやね赤ちゃんって」
「ふふ、でしょう?」
「なんで衣都って名前にしたん?」
「人は1人じゃ生きていけないでしょう? 必ず誰かと繋がって生きてる。そんな風に、この子を守ってくれる人、愛してくれる人との縁が、糸が、永久に紡がれていきますように。そう願って、つけたのよ」
「………」
「志貴君も、今繋がったわね。この子との糸」
「どうして?」
「今、とっても大事そうに衣都を抱えてくれてる。この子を、大事に扱ってくれてる。衣都もそれを分かってるから、今こんなに笑ってるのよ」
……薫さん、俺は、衣都の名前の由来を聞いたとき、なんて素敵な名前なんだと思ったよ。
俺も、この子との糸を大切にしたいと、そう思った。
両手いっぱいに命を感じた時、何故だか知らないけれど、この子を守らなきゃいけない、という使命感でいっぱいになったんだ。
それが、薫さんの言う“糸が繋がる”瞬間だったのならば、俺はもうあの時から衣都を守る覚悟をしていたのかもしれない。
―――薫さん、生き残った俺が、薫さんに恩返しをする方法は、彼女を……衣都を守ることしかないです。
他にも方法があるのならば、俺はどんなことでも、一生かかってでもそれに取り組みたい。
あなたがくれた命を、俺は、全部衣都のために注いだって良いんだ。
例えいつか衣都に糸を切られたとしても、良いんだ。
そんなのどうだって良いんだよ。
衣都が幸せになれるなら、俺のことをどんな風に利用したって良い。