呉服屋の若旦那に恋しました


その先俺は、どうやって生きていくのだろうか。


そう考えると、急に未来が真っ暗になった。

…足元には、切られた糸が落ちている。

ぷつっと切られた糸。誰とも繋がっていない。


……衣都は、この糸の先に、もういない。



「志貴っ」


…遠くから呼ばれた声に、はっとした。

顔を覆っていた手を外して、恐る恐る声の主を見ると、そこには心配した様子の衣都がいた。


「どうしたの? 体調悪いの? 志貴、中々帰ってこないから……」

「……」

「とりあえず部屋戻ろう? お水もあるし」


衣都に手を引かれて、俺たちは部屋に戻った。

衣都の手が何だか力強く感じた。

俺が中々帰ってこないから、心配で探しに来てくれたのか……。

中々帰ってこないと言っても、20分程度なのに。

それでも不安がって俺を探しに来た衣都が、今の俺にはどうしようもなく愛しかった。


「志貴、お水飲んで」


座椅子に座っていた俺に、衣都がお水を持ってきてくれた。

俺は何も言わずにそれを飲んだ。

……衣都の優しさが、今は少し辛い。


“割り切れるの? 本当に?”


「志貴……?」


―――割り切れるだろうか?

ちゃんと、俺が近くにいない所での衣都の幸せも、願えるだろうか?

できれば俺を選んでほしい。

衣都を守る役目は、俺の役目であってほしい。

でもそんな思いも、“依存”という一言で片づけられてしまうのなら、俺の愛は少し歪んでいるのかもしれない。


――――初めて衣都をこの両手に抱いた時、俺は愛しさを超えて、なんだか恐怖に近い感情すら抱いていた。

でも、あたたかかった。とても。命の重みを両手いっぱいに感じ取った。

怖い。でも愛しい。でも、怖い。

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