延命師 炎治 (のばしや えんじ)
延命師(のばしや)第一話
ここはとあるおんぼろ寺の秘密の部屋・・・円形の空間の中央に梵字のような陣が描かれその周りにはひとつ・ふたつ・・みっつ・・・
数えると七つの蝋燭がキラキラと輝く黄金の燭台の上でメラメラと燃えている。
よく見ると壁にはなにやらお札のようなものが辺り一面にしっかりと貼られている。ありがつちな魔除けの札かなにかだろう。怪しい儀式???
白と黒と灰色がねじれながら混ざり合った模様がある変わった服を着ている青年が立っている。坊主頭に涼やかな瞳が際立つ。しばらくすると陣の上に光の柱と共に女性の姿が現れる・・・
横たわる女性の前で彼はまぶたを閉じ精神を集中させる・・・
小さくて気がつかなかったが彼の右脇には赤い服をまとった生物?左脇には蒼い服をまとった生物らしきものが見える。人ではない・・・うさぎ?くま?よく見ると二人ともかわいらしい顔をしているが神妙な面持ちで微動だにしない。静けさが漂う空間・・・
5分・・・
次第に彼の体の周りに赤いモヤモヤとしたものが少しずつ出現し始める。そして彼がなにかを見つけたかのように目を見開いた。その目は赤・橙・黄・緑・青・藍・紫・計七色のいわゆる虹色に輝いている。彼は手を合わせブツブツと経を唱え始めると横たわっていた女性の胸のあたりからなにかが浮かび上がってくる。あれはなんだ?‼あれは扉だ‼大きなカギ穴がある半透明の豪華な入り口が現れる。
[頼む]
と彼が言うと赤と青の従者は[はいよ~][はいはい]と飛び上がり、二つが一つの大きなカギとなった。カギは扉のカギ穴に合うように形を変えフワフワとカギ穴に入っていく。右に一回転回り[ガシャッ]と音が響く。

彼は言う。

[命の扉‼御開帳‼]
力に満ちた優しき声が辺りに響き光に包まれた楕円形の扉がゆっくりと開く。中にはドス黒い闇に口がたくさん付いているなにかが炎をベチャベチャと音を立てて食べている。それにより炎は小さく弱々しく今にも消えそうにユラユラと燃えている。
[天武・降臨‼]
荒々しい声が轟き彼の左手に変わった形の弓が現れ、瞳を閉じた彼の額から眩いばかりの光に包まれた矢がゆっくりと姿を現す。

矢を弓に装填し、ありったけの力で弓を引き[破邪滅波‼] 力強い声と同時にその黒い闇に向かって矢が放たれる。光の矢は怒涛の速さで闇を射抜くと[ゴォ~ルグァ~!!!]と苦悶の声を発してその闇はその場から姿を消す。
[不寿を祓いて大寿となす!・・・炎豪照輪‼]その声を発すると放った矢は変形を徐々に始める。丸い小さな火の玉?いいやあれはまさに小さな太陽だ‼

神々しく燃える小さな玉は意思があるかのように弱った炎の周りをゆっくりと回りながら融合していく・・・

すると消えかかっていた炎が徐々に徐々に大きく強く燃え上がる‼
[フゥ~]彼はホッとした表情になると同時に苦しげな顔になった。[わ~い成功だ~][よかったよかった俺様のお陰だなワッハッハ~]と二人の従者が子供のようにはしゃぎながら喜ぶ・・・扉はきしむような大きな音を立ててゆっくり閉まり、横たわる女性の胸に帰っていく・・・

時は遡り7日前・・・市民病院の一室

小さな女の子が[ねぇ~お母さん~いつおうちに帰れるの~?明日?]
[さぁ~来週かな?]

[来週っていつ?ねぇ~ってば~ねぇ~]母親の袖を引っ張りながら少女はしつこくせがむ。[お母さんを困らせるんじゃない!]少女の隣にいた父親が厳しい顔で一喝。少女は涙ながらに黙る。[また明日来るから・・・]父親がそう言うと少女の手を引き病室から去っていく。母親は寂しそうに[またね・・・]となにかを思いながら小声で呟く・・・
一人になった母親はベッドに横たわり眠りに落ちる。
病になる前の幸せな光景・・・自分が愛した夫と娘。3人がそれは素晴らしい笑顔で笑っている。しかし夫と娘は徐々に離れていく・・・[待って‼]必死に追いかけるがその距離が縮まることはなく遠く・・・また遠くに行ってしまう。
[お願い!待って‼]母親の悲痛な叫びと共に暗闇が彼女を覆っていく・・・なにも見えない真っ暗な世界からなにやら声が聞こえてくる・・・[喰ってやる!][喰ってやる~][喰ろうてやる~]声の聞こえる方向に顔を向けるが見えるはずもない。恐怖・恐怖・恐怖‼が心の中を蝕んでいく・・・[誰!誰なの‼]その問いかけに応えるように闇からそれは大きな大きなとても大きな口が姿を現す。[ヒィィ~!]見たこともない異形の者に驚きその場を離れようと急ぎ逃げ出す。ひたすら走り後ろを見・・・またひたすら走る・・・走りに走り続ける・・・がしかし[痛‼]突如壁にぶつかるかのように弾き飛ばされてしまうと一瞬楽な気持ちになった彼女は大きな大きな口の中に入ってしまう・・・[グシャ!バリバリ‼グチャ‼]血しぶきを上げながら・・・


[ハッ!]気が付くとそこはさっきまでの恐ろしい所とは裏腹に青空に清々しい風が吹く広い草原に横たわっていた。[私は?一体⁈]と呟きゆっくりと起き上がり辺りを見渡すと突如!目の前に白と黒に分かれた仮面が現れる。[キャ~!]彼女は驚き勢いよく尻もちをつくと[なんじゃ?お客さんかい?][仮面が喋った?]ポカンと口を開け茫然となる彼女に仮面はぷワぷワと宙に浮きながら語りかける・・・[まぁここじゃなんだから、わしの家で茶でも飲みながら話さんか?][ハァ?家?茶?]突然の事に頭の中が⁇ハテナだらけの彼女は言われるがままその不可思議な仮面の後ろについて行く・・・今まで見たこともない樹々や草花がある小道を歩いていく・・・どの位歩いたのか・・・辺りの風景はさっきとあまり変わらない・・・しばらくすると仮面がクルクルと回り出し[また迷うてしまった・・・][はい?なんです?迷った?]眼をキョトンとさせ立ち止まる。[浮いとったほうが楽なんじゃが~こう何度も迷うのは困ったもんじゃ!]そう言うと仮面から腕と足のような白くて細い髭がニョキニョキと生えてくる。2本の足?で立つと[やっぱり地に足をつけんといかんな~]そう言うと彼女の膝ぐらいの身長になった仮面はトコトコと歩き出す。[これは夢?よね~]と奇妙な光景を目にし、その後ろに続く・・・正確な時間はわからないが、おおよそ30分ぐらい歩くと大きな木が生い茂る森のような場所に辿り着く。[御帰りなさいませ]と低く太い声が複数、どこからともなく聞こえてくる。[!!!]彼女は驚き辺りを見渡すが誰も居ない。[この者も頼む、客じゃ]偉そうに仮面がそう言うと、辺りの大きく太い木々がグネグネと軟体動物のような動きで三つ編み状の形になっていく・・・[行くぞ~お嬢ちゃん]とひょいっと木の上に乗っかると、手なのか足なのか分からない髭で手招きのような動きをしている・・・[お嬢ちゃん?私もう39歳なんだけど、娘も居るんだけど~]彼女は呆気に取られた表情で木の上に歩き出すとそれはまるでエスカレーターのように上に上にと進んでいく。晴れ渡る青い空、カラフルないろいろな色の雲、気分が良くなる花のような甘い香りが続いていく・・・
しばらくするとおかしな建物?なのかよくわからないが逆三角形いわゆるピラミッドを逆さにしたような宙に浮いた物体に到着する。歩くと少し柔らかい感触が彼女の足に伝わり、中央に行くと同じ感触のテーブルとイスが置かれている。
[まぁ座りなされ][はっはいっ!]ととりあえず座ってみるとやはり柔らかくホワホワした感触がお尻を包み込む。[茶でもどうぞ~]髭をヒョイヒョイと動かすと近くに浮いていた緑色の雲がテーブルにやって来て湯呑み茶碗のような形になる。[いっいただきます]恐る恐る手に取り一口飲んでみる事にする。[ゴクッゴクッ]いつも飲んでいる緑茶の味が喉を通っていき、緑茶が胃に到達するころ、口の中は苦味と甘味の絶妙なハーモニーが迸る。 [美味しい]と彼女は緊張が解けたとろけるような顔で言うと[うまいじゃろ~]と仮面が自慢気な表情になる。[あの~ところでここは何処なんですか?]仮面をジッと見つめながら聞くと[おお~そうじゃったそうじゃった、まずは自己紹介じゃな、わしは閻魔じゃ閻魔会長じゃ、ガッハッハァ~]と豪快に仮面は笑う。[エッ!閻魔大王じゃなくて会長⁇]はたまた彼女の頭はこんがらがる。[実はのう~昔は閻魔大王じゃったが息子に譲ってのう~今じゃ会長職じゃ~聴こえはいいが会長といっても形だけで息子もわしが居ると仕事がやりにくいみたいでの~この辺境の地へ追いやられたっちゅうわけじゃ・・・人間界でもよくあるじゃろうて~その、なんだ~一人でのんびりしとる・・・ブツブツ・・・]と少し悲し気に会長は語る。[あの~私、死んだのですか?]頭の中で想像していた閻魔大王のイメージが一気に崩されつつ疑問を投げかけると[いやいやお主はまだ死んどらんよ、死ぬ寸前だがの~お主名はなんちゅうんじゃ?][死ぬ寸前?あ!あぁ幸‼私の名前は幸です!]はきはきとした声で名を明かし両手を膝の上にのせ少し硬い表情を見せる。[さっちゃんか~ええ名じゃのう~話は変わるがのう~お主がここに来たということは、自分が死ぬ夢を見んかったかの?]会長は不可思議な顔で問うと[ん~]とあまり覚えていなさそうに幸が唸る。[さっちゃんは幸運じゃの~聞いた事はないか?自分が死ぬ夢を見るといい事があるとかのう~、ここはそういう者達の行き着く場所、まあ最近じゃここに来る者も少なくなったがのう~災い転じて大吉となすじゃな!]と自信ありげに言うと[あの~それを言うなら災い転じて福となすでは⁇]苦笑いを浮かべながら幸が正す。[そうじゃったかの~細かい事はいいんじゃ‼]と白と黒の仮面が赤い仮面に変化しあたふた誤魔化しながらぷワぷワと浮遊し始める・・・[とにかくじゃ!ここに来る者は好機!ということじゃ!まぁ~ワシに会える事が幸運じゃがの~ワッハッハッハッ~、ワシをさっちゃんの顔に着けるがよい]とにこやかな笑顔で訳が分からない事を口走る・・・[えッ!私の顔に着けるんですか?]オドロキモモノキの幸が石のようにカチカチに固まると[騙されたと思って、さぁ~さぁ~]少し強引めな口調で急かされ、何が起こるか分からない畏怖の念を抱きながら恐る恐る会長を手に取り、自分の顔に装着した。すると眼前に渦が現れ、その中にグルグルと回りながら吸い込まれてしまう。そして幸は自分のこれまでの人生を走馬灯のように見ていく事となる。
楽しい事・辛い事・苦しい事・嬉しい事・悲しい事・喜怒哀楽が沢山詰まった人生をアルバムを見るように流れ流れていく。そして最後に大切な大切な娘の笑顔が見えると[奈美・・・]と泣きながら幸は呟いた・・・
時を同じくして幸の自宅・・・
奈美は何か思い立ったかのように大きな目を開け家を飛び出す・・・
[お母さん!]と叫びながら、病院にいる母を思いながら、ただひたすら走る・・・なにがあっても何が起ころうとも病院を目指しただ突き進む。



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