下町退魔師の日常
「その子がこうやって、皆の為に命張って戦おうとしてるんだ、本当なら、泣きすがってでも止めるとこなんだろうけどなぁ」


 そう言って、シゲさんはタバコを灰皿に押し付けた。


「だけど俺は、もう止めたりしねぇ。可愛いマツコが決めた事だ。そしてなぁ」


 シゲさんは、こっちを見ない。
 あたしが黙って聞いていると、またタバコを取り出してライターに火を灯し。


「おめぇは何が何でもやり遂げるって信じてるからなぁ」
「シゲさん・・・」


 うん。
 そうしたい。
 鬼姫退治、やりとげる。
 そして、ちゃんと、帰って来たい。
 久遠くんと一緒に。


「おめぇのもう1人のじぃちゃんが、ちゃぁんとここで待ってるからよ」
「・・・うん」


 シゲさんは、あたしの顔を見なかった。
 ううん、自分の顔を、あたしに見せたくなかったんだと思う。
 シゲさんは、少しだけ鼻をすすった。
 あたしも思わずそんなシゲさんにつられそうになって、何とはなしに入り口の方に視線を送った。
 戸は少しだけ開いているけれど、二人の姿はここからじゃ見えない。
 だけど、その身振り手振りは入り口の戸の磨りガラスにちゃんと写っていて。
 二人はどうやら、あまり穏やかに話をしていないみたい・・・ううん、穏やかじゃないのは、幹久の方だ。
 久遠くんの影は、いつもと同じだけど。
 幹久が少し、興奮しているように見えた。


「何の話をしてるんだろ、二人とも」


 幹久がもし怒鳴っているのなら、ここまで聞こえてくるだろうし。
 久遠くんが冷静みたいなので、あまり二人の話を邪魔したくないあたし、しばらく静観する事にした。
 と、言っても。
 気になるっちゃ、気になる。
 二人の会話が、とおっても。
 あたしは短刀を握り締めて、立ち上がる。
 シゲさんは、さっきから黙ったまま、ずっとタバコをふかしているし。


「まだ行かないのかなぁ」


 ちょっと呟いて、入り口に向かおうとした時、久遠くんが開いた戸からこっちに顔を出した。


「そろそろ行くか」
「あ、うん」


 なぁんだ、もう話は終わったのか。
 あ、別に聞き耳立てようと思ってたんじゃないからね。
 会話、物凄く気になったけど。
 ま、必要ならそのうち久遠くんが話してくれると思うし。


「行くってさ、サスケ。じゃ、シゲさん、行って来ます」
「あぁ、行って来い」


 サスケはのそのそと立ち上がり、あたしのくるぶしに身体を擦りつけた。
 屈んでサスケの頭をひと撫ですると、あたしは久遠くんが待っている入り口に向かった。
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