下町退魔師の日常
「・・・帰ろ」


 も、今日はこれ以上は無理だ。
 こんなに考えたことなんて、ここ何年もなかったし。
 仕事も気になるし、お客さんも気になるし、荷物は重いし。
 あたしは、よっこらしょ、と差し入れの山を抱え直すと、銭湯に向かって歩き出した。



☆  ☆  ☆



「お帰り。一人の時間、満喫したか?」


 家に帰ると、番台に座ってサスケと遊んでいた久遠くんが言った。
 感情の読み取りにくい、単調な口調。
 不機嫌でもなく、上機嫌でもなく。


「うん・・・ゴメンね。一人にはなってないんだけど」


 あたしは、差し入れの山を休憩室のテーブルに置きながら、一応謝る。


「何それ? 買い物でもしてきたのか?」
「これみぃんな、町の人達からあなたへの差し入れです。人気者ですねぇ、久遠くんは」


 番台から降りて来て、へぇ・・・と相槌を打ちながらテーブルを眺め、久遠くんは紙袋を持ち上げた。


「あぁ、それは駄菓子屋のお婆ちゃんから預ったの。久遠くんに読ませてって」
「わざわざ探してくれたんだな」


 あたしはふと、紙袋を持ち上げる久遠くんの右手の甲に血が滲んでいるのに気付いた。
 引っ掻き傷みたい。


「やだ、サスケ爪立てたの?」
「あぁ、この時間暇だったから。かといって店番しない訳にはいかねぇし」


 ・・・まぁ、多少嫌味は感じられるけど、ここはあたしが悪いんだから、何も言い返さないでおこう。


「ちょっと待って、消毒・・・」
「いいよ。言っただろ」


 久遠くんは、ぐいっとあたしに顔を近付けた。
 もう少しで、おでこがくっつくかと思うくらいに。
 そして、少しだけ声を潜めて、あたしの耳元で囁く。


「俺は、血が見たくて仕方ない」
「・・・!?」


 でっ・・・出た!
 ずざざざっ、と、あたしは後ずさりして久遠くんから離れる。
 久遠くんはイタズラっぽい笑みを浮かべると、自分の手の甲をぺろりと舐めた。


「じゃ、今度は俺が休憩な。もし、どうしても忙しくなったら呼んでくれ」


 そう言うと、紙袋を持ったまま2階に上がって行った。
 あー・・・ビックリした。
< 53 / 163 >

この作品をシェア

pagetop