この空の下で
不幸
 蒼空の下で、私は空を見上げた。そこには雲がある。その雲には、ある人が映っていた。身近な人であった。白く、柔らかい頬である。なんだろう、この懐かしい気持ち。なんだろう、この無性に胸が苦しい気持ち。

 そして時々、私は太陽に照らされ輝いている川に向かって、石を滑らせる。波紋が、アメンボが水上を走った跡のように次々とできた。時々、土手に座ってその消えかかった波紋を見つめると、私は母さんのことを思い出す。果たしてあの人は幸せな人生を送っていたのだろうか。

 私は手の平を重ね、高く空に掲げた。なぜそんなことをしたのかは分からない。しかしその時は確かに分かっていたのは、やりたかったという気持ちがあったということだ。

 私は空を見続ける。いつまでも続く、青々とした海の水平線を見るように。


 高校の入学式。誰だって不安と希望に満ち溢れた状態で望むことだろう。私たちの晴れ姿は、母さん達が見てくれた。

 クラス分けは、要とは違うクラスで、少し安心した。中学校からの友人も多く、さらに安心した。しかしそこには、小さい頃からの幼馴染、親友がいない。それだけが唯一の不安であった。

 そして時間は止まらずに流れていく。


 梅雨が入る一ヶ月前のこと。母さんは体の異変を感じていた。私は母さんに分からない問題を教えてもらうために、主寝室へ向かったところ、主寝室から物音がし、ドアの隙間からそっと覗くと、胸を指であちこち押している母さんの姿があった。何をやっているのだろう。

 その時はまだ、母さん以外は、その異変に誰も気付いていなかった。


 梅雨を迎えるのと同時に、恐れていたものもやってきた。

 外は起きたときから雨で、憂鬱な日は始まった。時間は刻々と刻み、そろそろ九時を回る頃だ。

 そんな時、母さんは突然倒れた。胸を抑え、雨音をかき消すような悲痛な声を出し、痛みにあえぎながら床を転げまわった。額に汗を掻き、冷たい床の上でうずくまっている。母さんはテーブルに片手で寄りかかり、もう片方の手で胸を押さえながら方で息をしたと思うと、枯れた樹木が倒れるように、床に向かって勢いよく倒れた。
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