この空の下で
縁は異なもの、味なもの
 秋の夕暮れ。紅葉は消えかかり、暗闇と沈黙が制す、夜を迎えようとしていた。遠くの方から、カーン、カーンと物寂しそうに、鐘の鳴る音が聞こえる。

 家の中はというと、満面の笑みで、また、せわしくキッチンとダイニングを行き来している母さんの姿があった。テーブルに次々と並べられる料理は、いつもと違って特別な日に出すような、豪華なものあった。

 今日って、何か特別な日だっけ。体育の日はとっくに終わったし、僕らの誕生日も終わったし、勤労感謝の日はまだ先出し…というよりも、確か僕らの誕生日以外の日は、例年こんなに豪勢にしたことはない。では何のための料理であろうか。

 僕はこのことを調べるべく、ソファーから身を乗り出し、少しほころんだ顔をつくって言った。

「母さん、ところで、今日の夕飯は何?」

 僕は直接聞き出すのではなく、あえて遠回りに聞くことにした。なぜなら、それがいつもの僕のスタイルだからだ。

 母さんはテーブルにフォークとスプーンを並べながら、照れて言った。

「ふふん、ヒミツ」

 母さんは上機嫌だ。やはり、今日は何か特別な日なのであろうか。予想外の返答に僕の計画は台無しになり、そのうえ、話が聞きづらくなってしまった。こうなるのであれば、初めから率直に聞いておけばよかったとつくづく思う。まえもこうやって失敗したことがある。そろそろこのスタイルを変えようかな。しかし、鼻歌を歌いながら料理をしているので、今日が何の日であるのか、そのことは夕飯のときに聞くことにした。

 外はすっかり暗闇に覆われ、空は象牙色の歯をみせて、薄気味悪く笑っていた。


 数時間経ち、母さんはイスに座り、やたらに外をにらみつけ、足を小刻みに動かし始めた。この動作は、これから火山のように爆発的に起こる兆候である。非常に危険な状態だということは、誰だって理解できる。

 そして母さんはひじを机に強く叩きつけた。

「遅い、遅すぎる」

 母さんは手を組み、怒りがこもった声で言った。どうやら父さんのことを待っているらしい。そういえば、電話から厳しい口調で誰かと話していた。あれは父さんだったのだろう。それにしても、この怒り具合は半端ではない。きっと今日は、よっぽど大切な日なのであろう。
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