ママと呼ばれたい ~素敵上司の悲しすぎる過去~
「あの美沙という女、かなりヤバイなあ……」


竹宮さんは低い声でそう呟いた。美沙さんは危ない人、という意味だと思うけど、私ももちろん同感だ。


「彼女はとても危険だよ。なるべく近付かない方がいいと思う」

「そうですね……」


私も確かにそう思う。でも、仮にも新藤さんの義理の妹さんなわけで、そういうわけには……


「莉那さん。あの人の事は諦められないだろうか?」

「えっ?」

「そして僕と、もう一度……。ダメかな?」


竹宮さんは、真剣な眼差しで私を見て言った。

竹宮さんは今も昔もとても優しく、性格は申し分ないと思う。この人と結婚すれば、きっと穏やかに暮らして行けると思う。でも……


「ごめんなさい。あの人の事は諦められません」


私はキッパリとそうお答えした。例え困難であろうとも、あるいは危険があったとしても、私は新藤さんを諦めたりしない。したくない。

竹宮さんには申し訳ないけど、かえって私の新藤さんへの気持ちを再確認する事が出来た気がする。それに……


「あの子も心配なんです。まみちゃんっていうんですけど、美沙さんに任せていたくないんです」


そう。新藤さんへの想いだけでなく、私はまみちゃんがとても心配になって来た。以前、まみちゃんを叱りつけた美沙さんには愛情の欠片も感じられなかったし、まみちゃんは、美沙さんを怖がっているように感じた。

子どもにとって一番大切なのは、愛する事だと私は思う。母親としての経験も知識もなく、家事は全然ダメな私だけど、まみちゃんを愛する事だけは自信がある。美沙さんよりも。


「そうか。そうだよね。弱みに漬け込むような事を言ってごめん」

「いいえ、そんな……」

「僕はね、ずっと僕からの一方通行だって事、分かっていたんだ。だから転勤を機に君を諦めたつもりだったんだけど、まだ未練がね……」

「ごめんなさい……」

「君が謝る事はないよ。でもこれだけは聞いてほしい。あの女には気を付けて」

「分かりました」


それから間もなくして竹宮さんとお別れをした。彼は別れ際、もう一度「気を付けてね?」と言ってくれた。

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