ロシアンルーレットⅣ【クライムサスペンス】


「この車、何キロぐらい出るの?」

助手席の高広が、何気ない感じで尋ねる。

「スピードの話? この前120出たけど、左カーブで転がった」

ハンドルを握る那智は、涼しげに答える。

「大惨事じゃねぇか」

後部座席、助手席側を頭に横たわっていた俺は、思わず半身を少し浮かせて那智を見た。

那智はチラリと俺の方を振り返り一瞥をくれてから言った。

「そうでもねぇよ。一回転したから、そのままフツーに走れたし」

「ああ、そうなの」

再びシートに頭を沈め、適当に相槌を返しておいた。那智にとっては、一回転も、横っ腹を軽く壁にこするのも、大差ないのかもしれない。

「シートベルトの性能は問題ないみてぇだな。安心した」

高広がぼそり、独り言みたいに呟いた。

「後部座席の俺は一網打尽じゃねぇか」

言っても無駄だということは百も承知で、それでも俺は毒づく。そこに山があるから的な……そこに那智がいるから。

「相手の命を預かり、自分の命もまた、相手に預ける。それがバディだろ」

那智の抑揚のない声。感情も何もこもっていなかったけど、本音に聞こえるから不思議だ。

「それな」

高広の無責任な同意に、ムッとした。


窓の外をぼんやり眺める。透明ガラス一杯に、重苦しい灰色が広がっていた。

「降りそうだな」

沈黙が気まずくて、何となく口にしただけなのに、

「天気の心配か? ガキは気楽でいいな」

すかさず高広が憎まれ口を返してきた。再びムッとする俺。

「コンディションはいいに越したことねぇだろ? 濡れた路面にスッテンコロリンとか、いただけねぇよ」

言っとくけど那智の方が俺よりガキだからな、と忘れず付け加える。


窓から見える景色に視線を戻せば、灰色の中に斜めに傾いた青い鉄柱が現れた。等間隔に並んだそれは、まるで一定のリズムを刻むように次から次へと流れていく。


橋を渡ってるってことは――

――いよいよ、濁瀬川地区に突入か。



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