鬼部長の優しい手




本当にわかってる。
わかってるけど、



「怖いんですよねー…」


「え…っ」



わかってるけど怖い。
そう言おうとしたとき、
山本に先に言われてしまった。



「入社して、時間をかけて、
やっと、黛実ちゃんと二人で飲みに行くくらいの関係になったのに、
今動き出して、その関係を壊すのが
怖いんです。」


「…」


「情けないですよね?」




泣きそうな笑顔でそう言う山本に
返す言葉もなかった。


俺と全く同じだから。






「気づけば、もう三十路前。



でもまぁ、ここからが本番っすよ。」



「…は?」





山本の予想外の言葉に思わず
そんな間抜けな声を出す。




ここからが本番って…






「いつまでも止まってちゃ、
話にならないですからね。






まぁ、お互い、
頑張りましょう部長。


たまには傷を舐めあったりとかして。」






山本は明るい声色でそう言うと、
拳を俺の方に向けてきた。



なんだその手。
まさか俺もしろって?



ああ、もう
本当に情けない。
部下に引っ張ってもらうなんて。






でも、まぁ、


“そうだな、俺も頑張るよ。”



俺は力強くそう言って、
作った拳を山本の拳に、こつんと
合わせた。






時刻はもう9時過ぎ。




明日からが勝負だ。
七瀬、絶対なんて保証はできないけど、
極力泣かせないようにするから、


もう少しだけ、
情けない上司につきあってくれ。


やっと、今気づけた。


俺はお前が、七瀬が、








好きなんだ。

< 114 / 188 >

この作品をシェア

pagetop