やっぱり、無理。
それは、いきなりだった。
ジローが家庭教師を始めて、3ヶ月がたった頃。
もう少しで、夏休みという7月。
その日はいつも通りママはお店に出ていて。
薫さんは、とても有名な映画祭に出品したハリウッド映画で助演男優賞のノミネートを受けていて、映画祭が行われるオーストリアに行っていた。
丁度夕食を食べた後、テレビ中継をしていたので、ジローと見ていたら、なんと。
薫さんが、その助演男優賞を受賞した。
さすがに私も興奮して、テレビにくぎ付けになっていたら。
薫さんが、めずらしく涙を流していた。
それを見て、私もグッときて肩が震えた・・・。
普段はぼんやりとしたただのオジさんのような薫さんが、見えないところでどんなに努力して頑張っているか、知っているから。
だから、その努力が認められたんだと、とても嬉しくて・・・溢れる感情を押さえるのが大変なくらいだった。
いつの間にか隣にすわっていたジローが、そんな私の肩を、あやすように抱いてくれて。
感動の授賞式を、ただ2人でじっと見ていた。
司会者の男性が、英語でこの感動を誰に伝えたいか、と聞いて。
薫さんは、カメラに向かって、涙で光る顔でほほ笑んで答えた。
「もちろん、家族です。」
その表情は、営業用のクールな笑顔ではなくて、いつも私やママに向けてくれる柔らかな笑顔だったから。
ジローの言う、お前とママさんの事だぞ、という言葉に素直に頷いたのだけれど。
それが、勘違いだと思い知ったのは。
トロフィーの授与が終わって、画面が受賞に沸く日本のスタジオに切り替わった瞬間。
薫さんの奥さんの美しい笑顔が映った、時だった―――
その瞬間。
私は冷水をかけられたように、心が固まった。
そして、私は静かに、立ちあがった。
「まりあ?どうした?」
ジローの呼びかけにも答えられないくらい、何故かショックで。
息苦しくなった。
画面に目を向けると、ただの漫才の相方の様だと言われた人が、まるで薫さんの事は自分の事みたいに皆にお礼を言っている。
そして、画面の中の人達もまるで薫さんに伝えるように、漫才の相方の様だと言われた人に、オメデトウを言って・・・。
部屋を見回すと、部屋のあちこちに、薫さんの物がたくさんあるのに――
だけど、ここは薫さんの本物の家、じゃない・・・。
私は――
薫さんの・・・。
「家族、なんかじゃ・・・ない。」
もう、この部屋を見るのも・・・何が現実なのか・・・・堪らなくなって。
部屋を出た。
「まりあっ。」
追いかけてくるジローを無視して、自分の部屋に向かう。
丁度その時、ジローの携帯が鳴って。
着信を確認した後舌打ちをしながらジローが携帯に出るのが、目の端に映った。
そのまま、自分の部屋にもどっても。
薫さんと並んで撮った写真や・・・薫さんがプレゼントしてくれたものが、部屋には溢れていて。
息苦しくなった。
我慢できなくなって、バッグをつかむと部屋を飛び出した。
廊下で電話をしていたジローが慌てて追いかけてくる。
そして。
玄関を出たところで、ジローにあっけなく捕まって。
振りほどこうと思っても、振りほどけないジローの手。
諦めて、息苦しいから家から出たいと気持ちを伝えると何故かあっさり、わかったと言われ2人でマンションを出た。
その後車で否応もなく、ジローのマンションへ連れて行かれた。
「しばらく、俺んちにいろ。」
そう一方的に言われ、ムッとした。
「無理。」
「あ?何が無理だ。」
「だって、ジローは薫さんの友達で、味方だから。」
尖った心でそう言うと、ジローはフッ、と笑った。