暇を持て余した諸々のあそび

シグマに抱き締められたミクルの背後で、なにか鋭い刃物が宙を切り肉を割いて突き刺さった音が聞こえた。

ミクルは驚いて振り向こうとするが、シグマの腕によって胸板へと押し込まれ、窮屈な態勢にミクルの美しい黒髪が暴れた。

「ミクル、おれの可愛いミクル。はやくお前の美味しい夕飯にありつきたいところだけどまずは客を返してからにしよう。二人の大切なディナータイムを邪魔されたくないからね」

シグマの視界の端に飛び込んできたローブの男の腹部には、刃渡り一メートルともあろうほどの大剣が突き刺さっていた。

白い刀身に燃えるように鮮やかな色をした血液がまとわりつき、哀れな断末魔とともに大男の巨体は崩れ落ちる。

「…シグマ、さん…?」

「見ちゃだめ、ミクルの視界が汚れるよ」

「でも…」

シグマは上着でミクルを覆うと、黙って彼女の細い体躯を持ち上げた。

「んー、ちょっと痩せたねミクル。実は最近血を飲む量が減ってるんじゃない?」

「どどどどこを触っているんだ変態っ!だいたいわたしはほとんど体重に差はないし太ってもいなければ痩せてもいないっ」

「愛情表現だよ。ミクルのすらっとした美脚も魅力的っちゃあ魅力的なんだけどおれ的にはもうちょっと肉がついた方が嬉しいかな、ここんところとか、挟んだ時になんともこう…」

「ぎゃあああああっ」

「いつまでも初々しい反応でいてくれておれは嬉しいよミクル。やっぱりミクルは細いミクルでいいけれどあんまり遠慮してきちんと血を飲まないとミクルの小高い丘もいつか骨と皮の平原になっちゃうよ?心配しなくてもおれは君のために毎食レバーとほうれん草とその他諸々の貧血対策をしてるから遠慮なく飲めばいいと思うよ」

「あんたの血の不健康なドロドロ血液が不味いんですよ。日々の夜更かしと煙草と飲酒を控えて日々運動に励め」

「おやそれは気付かなかった。ミクルに毎日不味いものを飲ませていたなんて気付かなかった、ごめんよ明日中に直すから」

「魔法使いならできるかもしれない…」

シグマは横抱きに抱えた使い魔を二階の住居用ダイニングに移した。

無駄に長く伸びたテーブルには一応二人ぶんの食器が用意され、奥のキッチンからはおそらくシチューでも作ったのだろう、美味しそうな匂いが漂ってくる。

「夕飯をよそって待っていて。おれはあの汚物を片してくるから」

「片してくるからって、さっきの人協会の魔術師なんじゃないのか?あんたみたいな少数の魔法使いがこんなことしたらまずいんじゃ…」

「いいんだよミクル。おれはミクルに害なす害虫は一匹残らず潰さなきゃ。それにいい見せしめだよ、あいつら君みたいに綺麗な子をまるで害悪みたいに言うんだ。協会長を殴り飛ばした瞬間これだ。ミクルに手を出そうとするやつがどんな末路を辿るのか、きちんとちゃんと教えてあげないとね」



――…後日、原型を留めないほどに解体された人の死体と恐怖に歪んだ頭部がごみ袋に詰められて魔術師協会に送りつけられたのだった。

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