潮にのってきた彼女
「ただいま」


ぽつりと呟く。4文字はいつの間にか秋よりになった夏の空気に馴染んでいった。


何をこんなに急いで帰って来たのだろう。1時間も早く着くだなんて。
予定の所要時間を大きく下回っていることは、本土から2本芽の列車くらいでわかっていた。

でも俺は、観光もせず、土産物屋をうろつきもせず、可能な限り急いでここに帰って来た。

駅からだってわざわざバスに乗らなくても、公衆電話から連絡すれば、要次さんは来てくれることになっていた。

急いで帰って、誰もいなくて、勝手に寂しい。
ばかみたいだ。


目をつぶり、3秒くらい波音を聞いたあと、俺はがばっと起きあがった。

会いに行こう。待ってくれている人のところへ。

ばあちゃんたちはいつ帰ってくるかわからない。荷物だけがあるのを見て驚くかもしれないが、俺が島の中のどこにいようと、そう不安になったりはしないはずだ。


ハーフパンツに履き替え、羽織っていたシャツを投げ、裏口から出て、鍵を納戸に返す代わりに自転車の鍵をとる。
昇って来た太陽の下に自転車を引っ張り出して、過去最強ぐらいの勢いでペダルを漕いだ。


びゅうんと景色が飛んでいく。
列車より速い。
バスより速い。
海沿いの車道を27インチの自転車は狂ったように走る。
あの岬へ。人魚のもとへ。

太陽のオレンジ色の熱と水色や青色の強い潮風が、自転車を後押しした。
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