潮にのってきた彼女

+Ⅲ

朝目覚めて、灰色の天井を見て、すぐさま着替えに移った。

半袖シャツに、7分丈で迷彩柄のカーゴパンツ。あの小さな砂浜では、足首にまでかかるボトムを履いていると、びしょ濡れになってしまうのだ。


千歳さんに呼ばれるより先に階下へ向かい、朝飯を終えて、散歩という名目のもと、ひいらぎ岬へ向かった。
正確には、そのがけの下にある洞くつへ。



今日はアクアが戻って来るはずの日だった。
アクアは、2日はかかる、と言っていたから、もしかしたらまだかもしれない。

だけど、何となく自信があった。根拠もなく、源もさっぱりわからない自信だ。
今日はアクアが戻って来る日。


それでも洞くつに近づくにつれ、不安な気持ちは膨らんでいった。むくむくと膨れ上がり、黒い入道雲のように腰を据えていた。

俺はどきどきしながら、洞くつの外で名前を呼んだ。


「アクア」


返事はなかった。落胆しつつ、一応中を覗いてみる。人気はない。

いつもするように、ろうそくに火を灯した。光が広がる。カラーガラスのような貝殻たちが煌めく。美しい光景だったが、アクアのいない洞くつは、どこか空虚な感じがした。


アクアが生活の拠点にしているここは、いわば家と同じだ。
ひとの家に無断で踏み入ると、不法侵入ということになってしまうので、俺はひとまず砂浜に座った。


暇だし、することも――宿題以外には――ないし、一日ここで待っていてもいいかな、と思った。


少し懐かしい感じがした。俺はアクアと初めて会って、救命されて、気を失って……再び目を覚ましたあと、場所は違うが同じように海を見つめていた。


海鳥の声も寄す波の音も同じ。
海は少しずつ汚染や上昇という言葉と関わりつつあるそうだが、海辺というのは、聴覚的にかなり有力な永遠性をはらんでいると思った。それから、嗅覚的にも。
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