シンデレラを捕まえて
仲良く朝食を取り、出社の支度をして穂波くんの車に乗った。


「今日もいつもの時間に、あのコインパーキングでいい?」

「△△駅から歩いて帰るからいいよ」


駅から穂波くんの工房までは徒歩で二十分かからないほどの距離だ。歩いて帰ることに何ら問題はない。


「穂波くん、忙しいでしょ」


穂波くんの椅子を大変気に入ってくれた藤代さんご夫妻は、全部で八脚、同じ椅子を注文して下さった。この数日、穂波くんはその椅子の製作にかかりきりなのだ。

しかし、カウンターと四人掛け用テーブルの製作にも入らなくてはいけないから、椅子に集中もできないらしい。昨日からは知り合いの職人さんをヘルプに呼んで共同制作している。


「じゃあ、△△駅までは迎えに行く。着く時間が分かったら教えて」

「歩くってば」

「怪我人は黙って下さい」


ぴしゃりと切り捨てられて、むう、と押し黙った。そんな私を見て、穂波くんがくすりと笑う。


「迎えに行く時間くらい、あるよ。だから、行かせて?」

「ん、うん……」


穂波くんは、私に甘い。過保護すぎるくらいだ。だけどその甘さや温かさがすごく心地よかったりする。


「美羽さんは、明日から二連休だよね? 予定はある?」

「特にない。穂波くんの仕事、見学しててもいい?」

「面白くないよ?」

「そんなことない。見ててすごく楽しい」


仕事から帰って来た後の僅かな時間しか見学できなかったのだけれど、家具作りというのは面白い。ただの木材が様々なパーツに変わり、肌質を変え、そして椅子に近づいていく。子供用の簡単なプラモデルすら作れない私からしてみたら、それは手品のようだった。


「ふうん。それならまあ、どうぞ」


ふふ、と穂波くんが笑う。


「あ。じゃあお願いしちゃおうかな。明日の昼ごはん、美羽さんに頼んでもいい? さくっと食えるものがいいから、おにぎりとか嬉しい。大塚センセの分もいるんだけど」


大塚先生と言うのが、手伝いに来てくれている職人さんだ。
元々は穂波くんの出身高校の建築科の先生で、今も教鞭をとっておられるのだとか。その合間に職人としての活動をしているらしい。今は学校が夏休みの為、時間に余裕があるので穂波くんの手伝いに駆り出されている。
昨晩、少しだけお会いできたので挨拶をした。気さくなおじさん、と言った雰囲気の人だった。


「うん! 作る!」


こっくり頷いた。それ位の手伝い、喜んでやります。
それから、他愛ない話をしながら会社まで送ってもらい、帰って行く穂波くんを見送って出社した。


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