ささくれとレモネード



「三浦くんの場合は特例として、陸上競技についてはレポートを提出することで、最低数の単位を認めていたわ。だけど、夏休み以降の授業は人並みに参加しているし、試験の得点は悪くない。評価としては低いけれど進級は可能なの」


あまり生徒には言えない話だけどね、と千原は付け加える。当然だろう。そうじゃなきゃまともにこなしている学生の立つ瀬が無くなってしまう。


「けど5月に入ってから、彼が突然、陸上の授業に顔を出した。見学扱いで手伝いをこなすことも渋っていた人がね」


榛名は目を見開いた。ロビーでの出来事があったその日に1度、それから今日までの間に1度、つまり2度ほど授業で三浦の顔を見ていたからだ。


一昨日は走り出す手前、首からストップウォッチをぶら下げた三浦と目が合った。


会話は無かったが、会釈をすると微かに笑っていたのが目に留まったのだ。



本人には理由を聞き出すことなど出来ない、第二グラウンドでは、かつて彼の地雷を踏んでしまったことがある。


当人にも掴めない距離感の中、ロビーで一つの『約束』のようなものを取り付けられたばかりだ。


それから会話もないまま、よく分からない相手の秘密が、榛名はどうにも気になっていた。


踏み込んではいけないかもしれない、けれども、千原は何らかの事情を知っている。


本人を前には問えない狡猾さに目を背け、榛名は口を開いた。



「彼が走れなくなったのは、どうしてですか」


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