*Promise*~約束~【完】



パーティー当日となり、エリーゼは朝から今までずっとそわそわとしていた。



「あんた絶対社交パーティーとか行ったことないでしょ」

「そうだけど」

「絶対雰囲気に呑まれるわよ」

「そうかもね」

「なんであんたはそんなに冷静なの!」

「えー、だって」



ライナットがいるから。


と笑顔で返されてはエリーゼも返す言葉がない。

その屈託のなさに清々しささえ感じる。



「あー、はいはいごちそうさま!」

「え、のろけてないけど」

「そろそろ行ったら?あー婚約指輪が目に痛いー」

「エリーゼ、お留守番させて悪いね」

「どういたしまして。必ず帰って来るのよ!」



最後はドスの効いた声でリオに脅しをかけた。それに快活に笑ってみせる。

エリーゼも心配性なんだから、とその肩を叩いた。

しかしエリーゼは、も?と首を傾げる。



「ルゥも、必ず帰って来いって。皆心配性だよねぇ。ダースさんにも言われたんだ」

「あんた、意外と周りに溶け込むの早いわね」

「ここに来てどれぐらいだっけ」

「かれこれ三週間ぐらい」

「わあ、あっという間だったね」

「無駄話はこれでお仕舞い。ほら、馬車が来てるわよ」



窓から下を覗けば、白い馬が引く馬車が一台門のところに停まっていた。その馬車を護るように四台の馬車が囲っている。

ライナットはやはり王子なのだと改めて思った。警備がこれほど厳重だとは思っていなかったのだ。

皆過保護なのだろうか。



「ライナットに対して皆過保護だよね」

「あの人に助けられたからよ」

「あのさ、助けられたって言ってるけどどういう意味?まだ教えてもらってないよ」

「自分で聞きなさいよそんなこと。行かないなら引きずってでも馬車に乗せるわよ」

「い、行きます行きます」



エリーゼの堪忍袋の緒が切れる前に素直に退散した。怒らせては面倒になるのは目に見えている。せっかくドレスアップしたというのに埃まみれになっては台無しだ。

リオの服装は、スカイブルーのロングドレスに青いヒールのある靴。不馴れなためさっきから足元がおぼつかない。エリーゼについてきてもらうべきだったと後悔した。

首にはネックレスを着けた。アメジストがひっそりとその存在感をアピールしている。エリーゼのチョイスでこれになったのだが、いざ着けてみればドレスと非常にマッチしていた。

化粧も施してもらい、控えめながらも地味過ぎないくらいの印象にしてもらった。あまり目立ちたくないからだ。

そして何より、右手に光る婚約指輪。


そっとその指輪を撫でる。そうすれば自然と安心感を感じられた。ライナットが側にいるような気がするのだ。



「遅い!」

「な、なんでエリーゼがここにいるの?」

「上着を忘れたお馬鹿さんに渡しに参上した次第よ」

「ご親切にどうもありがとうございます……」



馬車の元のへと急ぐと、エリーゼが待ち構えているのが見えた。そして上着を投げつけられて慌ててキャッチした。

ふん、と彼女は鼻息を荒くしている。



「風邪ひいても知らないわよ!」

「はいはい」

「はい、は一回!」

「はい!」



リオが返事をしたところで、遠くからクスッと笑われたようなような気がして振り向けば、ちょうど塔からライナットが出て来るところだった。

正装の青い軍服が良く似合う。

最初聞いたときは軍服なんて、と思ったが、こうして見れば貫禄やきらびやかさを感じる。

しかし、逆手を取れば心の内を見抜けないような壁を感じなくもない。威厳があると言ってもいい。


ライナットも、対象内だ。



「なんか別の人って感じがする」

「そうよ。これから目の当たりにするのは別人になったライナット様よ。外の顔っていうものがあるわ」

「見たくないなあ」

「ぼやくんじゃないわよ。ほら、王子様のご到着」



こそこそと話し合っていると、ライナットがすぐそこまで来ていた。

慌ててエリーゼに部屋に戻るように言ってから彼に向き直る。



「俺の悪口か?」

「違います。褒めていたのです」

「そうか。行くぞ」



素っ気なくライナットは答えると、馬車のドアを開けた。顎で入るように促した。

リオは軽く会釈をしてから馬車に乗った。ここは塔の外。ライナットは歳上なため敬語は当たり前だ。少しギスギスとした雰囲気を感じるが断じてそうではない。

いったん孤立すれば元に戻る。



「はあー。敬語なんて疲れる」

「早く慣れろ。そうでないと変に思われる」

「わかってるわよ。それにしても首が苦しそうね」

「まあな。ホックまで閉めなければならないからな。逆におまえは見せすぎだ」

「仕方ないのよ。エリーゼが用意したのがこういうのばっかりだったんだから」

「あいつ……」



ライナットは舌打ちすると、窓の外をカーテンの隙間から覗いた。目指すは中枢であるパレス。北の塔から十分ぐらいのところに入り口がある。

そこまで、何も無ければいいが。



「パーティーに参加するのは調印した諸国の子息だ。主に息子や娘が参加するいわば合コンだな。リリスは出会いの場を設けている」

「何のために?」

「子供同士が仲良くなれば、世代交代しても争いはあまり起こらない。よく考えたものだ」

「なるほど……こうやって婚約した者でも参加するのはそういうことなのね」

「おい、このパーティーはおまえの顔見せでもあるんだぞ。それを忘れるな」

「了解」



リオはライナットに頷いて見せた。それを見て彼は少し安心する。

しかし、彼にはまだ心配があった。



(側から離れてはいけないな)



いつもよりも魅力的な彼女。態度や言葉にはあえてしていないが、まともに目を合わせていられない。

やはり十七歳なのだと実感した。大人の女性はこれほどまでに近づいているとは思ってもみなかった。

他の輩が黙ってはいないだろう。



(あいつらは飢えた獣だ。餌食にされないように目を離してはいけないな)



ボンボンの集まるパーティーなど吐き気がする。その手の話題ばかりで本当に見苦しい。

どこの女とヤったとか、あの女は奥手に見えて実は大胆だとか。


……むさ苦しい。



「あ、着いたね」

「ため口はもう無しだぞ」

「わかりましたライナット様」

「よし、行こう」



手を引かれて外の世界へと飛び出した。しかし、気がまだ抜けているのか靴の存在を忘れていた。

正確には、ヒールを。



「……っ!」



馬車から降りるとき、縁にあった僅かな凹凸に躓いてしまった。身体が前によろめく。

息が止まりそうになった瞬間、ライナットに力強く受け止められた。彼の匂いが近くなる。

そして、馬車から完全に降りた。



「まったく。世話の焼ける」

「すみません……気を付けます」

「それも、エリーゼの趣味なのか?」

「多分……それか、こうなることを期待したのかも」

「あいつは変に先回りするからな」

「ライナット様?どうかいたしましたか?」

「行こう」



護衛に急かされ、ライナットはリオの手を取り歩き出した。腰に腕を回し身体を密着させる。

その近さに心臓が破裂しそうなリオは、せめて転ばないようにと目を泳がせた。

いろいろな意味で目が眩みそうだ。


ーーーーー
ーーー



パレスは想像以上に大きく、また白かった。

大きな入り口の門をくぐれば、そこには室内だというのに噴水があった。水力は弱いがエレガントさを醸し出している。

そして、その周りを囲むように階段が設けられその先には大きな広間が広がっていた。

そこが、パーティー会場。

シャンデリアが天井にぶら下がっており、赤いカーペットが映えて見えた。

そして、奥にはステージがありマイクが用意されていた。きっとリリスから一言お言葉があるのだろう。


しかし、リオの関心はそれらには注がれていなかった。



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