*Promise*~約束~【完】

名前について~ライナットside~




ライナットside


ーーーーー
ーーー



俺が最近調べていたことは、『リオーネ』という名前について。

その原因となったのは、ルゥが聞いたリリスの言葉だった。それは、『リオーネ』とはガナラの王女の未成年のときの名前であり、あいつの名前と関連していた。

リオは実母の顔を知らないと言い、詳しく聞かされていないらしい。俺は彼女の母親の名前が『リオーネ』だったと聞いて、真っ先に思ったことはそれは偽名ではないか、ということだった。


子供を産み落としてすぐに消えるとは、置いておくのを前提に付き合っていたということに過ぎず、そうするには偽名にするのが得策だろう。

例えその偽名が我が子の名前になったとしても、そんなことは母親には関係ない。

さらに腑に落ちないのは、あの辺境の地で関係を持つことだ。国境のあんな小さな村にわざわざ出向いて子供を産み落とすなど可笑しな話で、何か魂胆があるのではないかと疑った。

それで、『リオーネ』について探りを入れてみたのだ。

すると、思わぬ合致を見つけてしまった。いや、期待していた合致と言うべきか。


ガナラの王女が一人、家出をしていたのだ。


成人になってまもなくして、彼女は周りとの接触を避けるようになった。それについての日記が、彼女の部屋には隠されていた。


『私は、怖くなった』


それを筆頭に日記が綴られていた。毎日書いている訳ではなく、日記というよりも記録に近かった。


『歌のレッスンの後、廊下を歩いていると側にあった花瓶がいきなり割れた。水が絨毯を濡らし、生き生きと咲いていた花は水溜まりの中で力なく横たわっていた』


その後も、そのような身に降りかかってくる不幸が続いた。

どれも偶然のように思うようなことばかりだが、立て続けに起こる事象が気味悪くなってきたのだろう、そのうち部屋に引きこもるようになっていった。


『家族にまで影響を及ぼす前にいったん離れてみることにしよう。この場所が悪いのか、自分自身が悪いのかがこれではっきりとするはずだ』


彼女は確信めいた想いを胸に、荷物を片手に部屋を飛び出した。夜更けに窓から木へと飛び移り、スルスルと降りて地面に着地した。

そこから、彼女の旅は始まった。この後の記述は旅行記となる。


『季節は夏。蒸し暑い空気にうんざりしながらも、心は風穴が開いたように寒かった。ホームシックと言っていいだろう。民家の窓から漏れる明かりの光が眩しく感じられた』


心細さや暗闇に怯えながら、見慣れた首都から一歩踏み出した彼女。そのときの模様はこちらの心をも引き込むような臨場感があった。


『目の前には薄暗い山々、後ろにはほの明るい故郷。ここは地獄と天国の境目なのだろうか。踵を返せば生還できる三途の川で、私は今すぐにでもこの足を後ろへと戻したかった。前へ進めば、さらに身に不幸を纏うような、大きな薄いカーテンの幕に自ら飛び込むような、そんな無謀なことをしようとしていることになる』


逃げたいが、どこへ逃げればいいのか。

それは、誰にもわからなかっただろう。もちろん、それは彼女も例外ではなかった。


しかし、転機が訪れた。


『そろそろ持ってきた食料が底をつきようとしている。私はここで力尽きるのだろうか。熱い空気に蜃気楼が見えてきた。ここは砂漠か?いや、ただの草原だ。道はあるが、どこにも民家はない。なのに、人と馬が歩いている』


それが、運命の男との出逢いだった。

彼は首都へと特産品を運んだ帰りだった。彼女はどうしたものか、無意識に来た道を戻っていたらしい。

彼は彼女に声をかけた。そして、意識が朦朧としている彼女を励ましながら身軽になった馬に乗せ、何時間も歩き続けた。本来なら、彼は馬に乗って爽快に家路を急いでいたことだろう。


『本当に彼には感謝せねばならない。助けてもらっただけでなく、家出娘だと知るや否や、私の風穴を埋めるかのように次々と仕事を押し付けた。それは迷惑でもあり、あり難かった。私は身も心も彼に救われた』


一人暮らしの彼は生活に余裕があると言って、彼女に尽くした。彼女がこのとき名乗ったのが『リオーネ』だった。

自分の名前があるにも関わらず、癖が抜けていなかったのかそう名乗ってしまったのだ。訂正しようとしたが、彼が親しげに『リオ』と呼ぶようになったためタイミングを逃したようだ。それからずっと、彼女は家も忘れて『リオーネ』になった。


しかし、彼女の意識を家へと引き戻す出来事が起こる。

それは、子供がお腹の中に宿った時だった。


『望んでいなかった思わぬ命。命を粗末にするのは良心が許すわけもなく、また、彼も了承しているため私は産むことを決意した。そして、薄情な自分を許して欲しいと人知れず泣いた』


彼女は産むことと子供を置いていくこと。

その二つを決意したのだ。自分はガナラにとっては濃すぎる血を持っている。それを誰かに知られれば厄介なことになるのは間違いない、と思い、幼過ぎる我が子を残して実家に帰った。

その後、彼女は別に子供を産むこともなく生涯の幕を閉じた。彼女はまた現実に戻され、自殺してしまったのだ。


しかし、自殺したという事実は知らされていない。家出になって行方不明となり、どこかで亡くなってしまったということにされている。

もちろん、実の子供がいるとは誰も知らない。



その子供が、すくすくと成長していることも……



< 33 / 100 >

この作品をシェア

pagetop