*Promise*~約束~【完】

猫の手~ムギside~



吾が輩は猫である。名前は……もちろんございます。


まあ、冗談はその位にしておきましょう。

改めまして、私はムギと申します。性別は男です。黒い毛並みに緑と金のオッドアイを持ち合わせております。

ご存じかとは思いますが、私は使い魔という類いに分類しておりまして、エリーゼ様からは初対面にも関わらず酷い仕打ちを受けました。

ここだけの話……普通、真冬に猫に冷水を掛けるとは正気の沙汰でしょうか?今でもその件は根に持っております。秘密ですよ?


さて、私は今どこにいるでしょうか。


……はい、時間切れでございます。正解は、魔界でした。

それは、ご主人様に会うためでございます。ご主人様は悪魔にも関わらず寛大で優しいお心を持っております。ですので、こんなしがない使い魔の私を大事になさってくださいます。

その証拠に、ほら、毛並みが良いと思いませんか?この光沢、鏡に映った自分の姿を見るのが日課となっております。


無駄話はそのぐらいにしておきましょうか。


私は城の赤い絨毯の上を歩いておりますが、やはり何度来てもこの空気には慣れません。お恥ずかしい話、私は人間界の空気を美味しいと感じてしまうのです。

私は使い魔同士との間に産まれた二世で、ここが故郷のはずなのですがどうも鼻がムズムズとするのです。ヒゲもいつになく過剰に反応してしまい、居心地の悪さは半端ではございません。いえ、決して冗談ではございませんよ?


少し使い魔についてご説明させていただきますと、私たちは話すことができます。それは言葉で表すのではなく、その人の心に直接訴えかける……いわばテレパシーというものでしょうか。意志疎通は心で通わせているということでして、それが通用しない場合もございます。

それは北の塔で、すでにおわかりになられていることと思います。エリーゼ様はそのことで驚かれておりました。バラモンが何かしているのか、と。

実際、バラモンの結界のせいでご主人様との連絡がつかなくなってしまいました。契約が有効かどうかはわかりませんでしたので、出過ぎた真似は差し控えましたが、ご主人様には良くしていただいているのでそこは配慮しました。


それにしても、まさかリオーネ様がセイレーンだとは知りませんでした。決して、そのことで接触したのではありませんよ?あれは紛れだったのです。

あのときは、雪も降っていて寒く、さらにはバラモンの気配が濃くて体調を崩していたのです。それはもう、胸焼けが止まりませんでしたね。

そこに救いの手が!と思いましたら、人間の女性と天使と悪魔のハーフがいるではありませんか。人間と悪魔のハーフなど聞いたことがございませんでしたので、興味本意でついて行くことにしたのです。


はい、つまりはライナット様目当てでついて行ったわけなのです。彼は非常に興味深い人でした。私の目から見ましても、リオーネ様には甘く、ツンデレ、がお似合いでしたね。

ですが、家出をなさったリオーネ様について行くことにしました。ライナット様の周りにはたくさんの人がおりますが、リオーネ様はお一人でございまして、いささか微力ながらも"癒し"となれれば良い、と思った次第でございます。


あ、ご主人様のお部屋に着きました。ここからはお静かにしていてくださいね?



「戻ったか。どうだ?人間界は」



立派な椅子に座られているご主人様の膝上に乗れば、喉元を指先で撫で愛でてくださいました。

私は喉をゴロゴロと鳴らして返事をいたします。



「そうかそうか、向こうは冬か。さぞや寒いことだろう」



ご主人様は悪魔なのですが、人間界の文化に興味を持たれております。今も、お部屋の中では、クラシック、という人間界の音楽がレコーダーから流れておりまして、私の過剰になった五感が収まっていくのを感じます。

本当に、人間界の文化は不思議なものです。



「ほほう、セイレーンに会ったとな?」



私はご主人様の指先を通じて、念を送っております。出会った経緯や、その後の対応。

そして、ライナット様の正体。



「おや?悪魔と天使のハーフとな?奇異な存在よ。なんと嘆かわしい」



ご主人様は悲しげな表情をなさってしまいました。私はお詫びとして手の甲に頭を擦り付けました。ご主人様はそれに答えるように手のひらで頭を撫でてくださいます。

しばらく状況を報告しておりますと、ご主人様は唸ってしまいました。



「うーむ、セイレーンは天使に囲まれておるのか。だがのう、わしはもう、いいと思うておる」



その言葉に私は思わずご主人様を見上げてしまいました。ご主人様はどこか遠くを見るような目付きでぼんやりと呟き始めました。



「悪と善を采配する者、それがセイレーンという者じゃ。悪魔の敵であるのには変わりないが、こちらが悪さをしなければ"悪"とは捉えられん。しかし、わしらは"悪"そのもの。だがのう……"悪"にも"愛"は存在するよのう」



悪魔の二世が存在するように、とご主人様は付け足されました。もちろん、使い魔も例外ではなくしっかりと"愛"が存在いたします。私も随分と可愛がってもらいました。

そうです、悪魔といっても、きちんと"心"は存在するのです。無情ではなく、です。

確かに、気が可笑しくなって堕天をいたしますが、それは一時の荒波に過ぎません。やがては落ち着き、ご主人様のように優しいお心をお持ちになられる方々も大勢いらっしゃいます。

しかし、天使はそれをご存知ありません。人間も、バラモンも知り得ないことなのです。



「バラモンに、交渉しようかのう」

「陛下、お呼びでしょうか」



いつの間にか、こうべを垂れる僕(しもべ)がおりました。ご主人様はその方に顔を向けて命令をなさいます。



「お主を人間界へと派遣する。働きを期待しておるぞ」

「はっ。ご命令とあらば」



そのお方はより一層頭を下げますと、立ち上がってお部屋から出て行きました。

恐らく、私もこれから向こうの世界で会うことになるのでしょう。それは向こうもご存知のはずで、私は監視役となるはずです。



「お主も、頼んだぞ」



承知いたしましたご主人様。

貴方の仰せのままに。


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