*Promise*~約束~【完】

悪魔の使者



「んで、なんだよおまえ」

「使者です」

「違う。何しに来たっつってんの」

「手を組みに」

「……はあ?!」



ガイルの目の前に突如として現れたその男。

正面の門から堂々と入ってきて、いきなりガイルの前で頭を下げた。

しかし、ガイルはその容姿に呆気に取られた。


整った顔立ち、スラッとした手足と細身な身体。

そして、黒髪に紅眼。

つまり、彼が悪魔だと一目でわかった。



「手を組むって、悪魔と天使がか?アホかおまえ。しかもバラモンの結界をどうやってくぐったんだよ」

「普通に、ですが。私にとってあんなショボい結界は無意味です」

「……変なのが来たもんだ」

「心外です。これでも陛下の右腕をしていますよ?あなたの執事紛いの振る舞いよりは全うかと」

「ああ?」



ガイルはドスの効いた声で不機嫌そうに声を上げるも、相手は眉一つ動かさない。

自分だけ熱くなるのも癪だ、とガイルはため息を吐いて少し熱を冷ました。



「人の顔を見てからため息を吐くなんて、天使もガラが悪いですね」

「おまえ、協調性とかないのかよ?」

「私は天使が嫌いです。ですが、陛下のご命令なので無下にはできませんので」

「俺だって悪魔は嫌いだ!」



二人の間に火花が散っていると、気配もなく廊下の角からふらっとライナットが現れた。

ガイルは驚いたように、悪魔は表情を変えずに同時に振り向くと、ライナットは疲れたように壁に凭れながら言い放った。



「うるさい、二人共俺の部屋に来い。ここで悪魔だ天使だと言われれば敵わん」



ライナットの身体を支えながらガイルは小さな声ではい……と返事をした。

悪魔はそんなガイルをちらっと見てから、そうですね、と同意した。確かに何も知らない人間に聞かれでもしたら取り返しがつかなくなる。


三人で微妙な空気に包まれながら歩いていると、どこからともなくエリーゼがすっ飛んで来た。



「ガイル!なんで悪魔の気配が……するはずだわ」

「初めまして」



エリーゼが驚いたように悪魔を見ると、彼は恭しく腰を折った。しかし、エリーゼは敵対心見え見えの目を向ける。

そんな視線に彼はにこりと屈託のない笑顔を向けた。



「これはこれは可愛らしいお方ですね。天使と人間のハーフですか」

「……こいつ」



異性にはそんな態度なのかよ……とガイルは呆れた。

悪魔の笑顔を向けられてひきつったように口角をピクピクとさせると、エリーゼはライナットにたたみかけた。



「何をお考えなのですか?悪魔は敵なんですよ?」

「殺気がないからな……それに、何か訳ありのようだし」



ガイルに支えられたその体躯は痩せ、病的にまで体重が軽くなってしまったライナット。食事も調子の良いときにしか食べられない。

エリーゼから城から出るな、と言われているが、その体力さえないため自室に籠りっぱなしの毎日。

リオの失踪や母親の死で神経も肉体もボロボロになってしまったが、なんとか気力だけで立っていられる理由。

それは、自分に負けないため。

悪魔の囁きに負けては、男が廃る。



「話を聞くことはできる。内容によってはここでお陀仏だが」

「それは私がやっても?」

「……好きにしろ」



ガイルがいつもの態度で話しかければ、ライナットは力なく鼻で笑った。

そんなガイルに今度は悪魔が鼻で笑えば、主とは売って変わったような顔で悪魔を睨み付ける。

怖い怖い、と悪魔は両手を挙げて降参、とした。


ライナットは自室に着くと、ガイルにはいったん、隣接する寝室で寝ていてください、と言われたが、それでは意味がないといつもの椅子に座った。

音を立てずにふらりと座る主の薄さにエリーゼは身震いする。こんなに弱るとは思っていなかった。



「単刀直入に言います。陛下は人間が好きなのです」

「冗談でしょう?魔王が人間が好き?あり得ませんね」

「陛下は人間界の文化がお好きで、よくお話をしてくださいます。私も、人間自体は好きませんが、文化には興味があります」

「いい加減にした方が身のためですよ。そんなことを言いに来たわけじゃありませんよね?」



ライナットの前だから、とガイルは敬語を使うが、その言葉にはトゲがある。

エリーゼもガイルに同意見なのか、有無を言わさない口調で言った。



「証拠は?」

「証拠、とは?」

「魔王は人間が好きっていう証拠よ。悪魔なんて信用できないわ」



吐き捨てるように睨み付けて物申せば、悪魔は変わらない笑みを向けて笑う。

そんな笑みに負けじと、睨み付けるのをやめて余所行きの笑顔をエリーゼは振り撒いた。

ここでも、僅かに火花が散って見える。



「黒猫はご存知ですよね?セイレーンがムギ、と名付けた」

「それがなにか?」

「あれは、陛下の使い魔なのです。報告は彼から受けましたよ」



その言葉に笑みを消して真剣な表情になったエリーゼは、もしかしたら魔王はそんなに悪いやつではないのかもしれない、と思い始めた。

洗練された身のこなし、艶のある毛並み。

それは、いかに大事にされているかの証拠である。心のない主を持つ下僕は、荒んだ環境で育ちそれは態度に現れる。

本来なら、冷水をかけたところで襲われていたかもしれない。しかし、そうならなかった。


それらが、確たる証拠。



「心当たりがおありのようですね。話が早くて何よりです」

「なんの話だ?」



蚊帳の外に出されてしまったガイルはつまらなさそうにエリーゼに問う。



「ムギは、使い魔にしてはお利口さんだったってことよ。それはつまり、魔王のしつけがなってるってこと。だからこの悪魔も信用していいと思う」

「なるほど。それで、本題に入ってくださいませんか?僕たちの主は疲れています」



疲れているとガイルは言うが、それを感じさせない立ち振舞いをするライナット。王子の威厳を感じるが、あくまでそれは表面上だ。

本人はいつ悪魔の囁きが訪れてもおかしくない、と気を張っているだけであって、決して周りを気にしているわけではない。

だから、ライナットは今は自分のことで手一杯でなかなか口出しできないでいた。聞きたいことは山ほどあるというのに。



「さて、セイレーンのことですが、我々は手を退こうと思っております。そして、バラモンにも一つガツンと懲らしめなければ、と」

「セイレーンから手を退くのは大いに構わないが、バラモンを懲らしめる、とは?」

「バラモンは、正直に申しますとやりすぎています」



悪魔は笑みを消し苦虫を噛み潰したような顔でバラモンは、と吐き捨てた。悪魔は心底その名前を口にするのが嫌いらしく、眉を寄せている。

それにつられて三人も眉をひそめた。



「そこにいる王子の母親……つまりは悪魔を殺し、さらにはバドラン国王であった天使を暗殺し、そして人間同士の戦争の発端にも関与しました。これほど鬼畜な人種は見たことがありませんね」



見下すような瞳でどこか遠くを見た後、ふいとライナットを見た。

話を聞いたライナットの瞳の光に満足したように笑顔を張り付けると、ククク、と僅かに笑った。



「我々にとって、もはやバラモンは邪魔者でしかありません。少々力を与えすぎたようです」



悪魔は今度は凍てつくような笑みで独り言のように呟くと、何かを言いたそうにしているライナットに目で合図を送った。

発言権を与える、と。

ライナットはそれからは、ふっと身体が軽くなったように感じられた。どうやら、悪魔が彼の中の衝動を抑えてくれているらしい。



「おい、犯人はわかってるんだろうな?」



待ったましたとばかりに悪魔は微笑むと、はっきりとした口調で言った。



「ええ、もちろん」



< 59 / 100 >

この作品をシェア

pagetop