*Promise*~約束~【完】

公演初日



ヒュルゥゥゥゥゥ~……


「「ドーン!!!」」



同時に声が上がった。綱渡りをしていた男の子……シャルとリオはお互いに顔を見合わせて笑った。

今日は開演初日である。朝早くから入念に設備や演技をチェックし、重ねてきたリハーサルのイメージを頭に何度も想い描く。


その始まりを告げる花火が、今上がったのだ。



「シャル君、絶対に落ちないでよ?」

「大丈夫だよー。綱渡り、見ててね?」

「もちろん!」



ペイントしてもらった顔を綻ばせながらリオは力強く頷いた。シャルは満足そうに笑顔を向けると、仲間に呼ばれて手を振りながら走って行った。

彼に見えなくなるまで手を振り返して、パタリと腕を下げる。


なんとなく感じる、不穏な空気。胸がざわついて不安が押し寄せてくる。


何かの前兆なのか、それともただ単に成功してほしいと緊張しているだけなのか。

もしかしたら、武者震い?

リオはポジティブな思考を無理やり持ってこさせ、雑務をするためにテントに入った。


ーーーーー
ーーー



「いよいよね……」

「緊張するな~!」

「あんたが緊張してたら、私たちはどうなってんのよ」

「どういう意味?」

「ルゥが緊張してるんだったら、私たちは不安でもうすでに押し潰されてるのかもってことよ」

「つまり、緊張しないような俺が緊張してたら、余計不安だってこと?」

「よくわかってるじゃないの」



エリーゼがしれっと意地悪をすれば、ルゥは頬を膨らませる。

しかし、こんなやり取りは裏返しだ。

ふざけていないと、今にも本当に押し潰されそうで怖い。

明るい外の声に比べて、ライナットの部屋は重苦しい空気が充満しているようだった。



「今んとこ、気配ゼロ」

「私をカウントしないで言ってくださり光栄です」

「……気配イチ」

「天使の気配は無数にありますがね。ここにも一人……」

「エリーゼは入らないのかよ」

「ライナット様の気配が入っていらっしゃらないのでお互い様かと」

「……」



……こちらもふざけ合っているようだった。


悪魔……シオンがちらりとライナットを見れば、彼は周りの空気には流されず、じっと目を閉じていた。

この頃顔色の良くなったライナットは、食欲も戻って人並みに食べられるようになっていた。

そして、あのクッキー以来異変もなく、特に変わったことは起こらなかったのだが、今日という日が長くなるのは確実だろうと、この場にいる全員が思っていた。


そして、心配な一つ要素がある。

それは、セナ、ツェリ、グロースの三人がサーカスに戻ってしまったことだ。せめて初日だけでも、と始終頭を下げてきたため、ライナットは承諾した。

そんな彼にガイルは良い顔をしなかったが、リオの護衛だ、と言われれば文句は言えなかった。渋々、昨夜に三人をサーカスの元へと送り届けた。


帰ろうとしたとき、ちょうどピエロのピーターに出くわした。彼は目を丸くさせた後、恭しく頭を下げた。



「ガイル殿、でしたか。お久し振りですね」

「ピーターか……どこに消えたかと思えば、ここにいたのか」

「はい。天界は飽きてしまいまして」

「それはわかるが、たまには帰ってやったらどうだ?」

「それができたら苦労はしませんよ。見ての通り、僕は人間界ではバカをやっておりますので、こんな姿をなんて説明してよいやら」



実は、ガイルは天界の頂点に君臨する現大天使の養子である。

しかし、大天使には息子がいて、その息子が大天使を継ぐことになっていたのだが当の本人にはその気(け)がなく、仕方なく連れて来られたのがガイルだった。


年上のガイルが来たことによりピーターは自由を得、外出することが増えいつの間にか人間界に姿を消してしまっていた。

その後もピーターは帰ることもなく、消息不明のままだったのだがどんな偶然なのか、こんなところでばったりと顔を会わせてしまった。



「俺はバカだとは思っていない。天使の立派な役目だと思うぞ」

「どうせ帰ったところで、『このバカ息子が!』と怒鳴られるのが落ちですから」

「それはおまえの身を案じて……いや、俺が言うことじゃないな。とにかく、一度は帰れよ。あの人も……永くはないだろうからな」

「っ!……では、失礼します」



ピーターは一瞬は驚いたものの、すぐに踵を返して去ってしまった。その後ろ姿を見送りながら、ガイルは彼に出会えてほっとし、あいつがいるならリオは安心だな、と胸を撫で下ろした。


きっと、この機が終われば世代交代が起こるだろう。


その幹部にピーターを抜擢させようと目論んでいたガイルだったのだが、彼の姿を見て取り止めた。

もうすでに、彼はここの幹部なのだから。



「上手くやれよ」



小さく呟いてから、ガイルはサーカスのある広場から北の塔へと歩き出した。

恐らく、この場にいる天使には通達は来ているだろう。悪魔の侵入を防ぐことと、バラモンを懲らしめることが。

悪魔もバラモンについて同じように考えていたとは知らなかったが、味方が増えるのは心強い。


そんな、穏やかな瞳で隣にいるシオンを見れば、ふっと微笑まれた。



「なんですか?」

「いや……これから頼むぞ」

「言われなくとも承知しています」



シオンはそう答えると、窓の外を覗いた。テントの前には長い行列ができていて、その行列を取り囲むように出店が立ち並んでいるのが見えた。

この中に討伐部隊が隠れてしまっても、見つけられないかもしれない。彼らの狙いはあくまでもセイレーンであるリオだが、リオの弱点はライナットだ。

ライナットをどうにかしてしまえば、リオを容易く丸め込めるのを、やつら(バラモン)は知っている。


誰が誰を何のために狙っているのかは定かではないが、ライナットとリオだけは護らなければならない。


それを念頭に、護衛たちは来るべき相手へ思考を巡らせた。


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