*Promise*~約束~【完】


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「……なんだここ」

『ここは、どこにも属さない場所』

「出てこいよ。隠れていても意味ないぜ」

「それもそうね」



金髪に碧眼、一対の純白の翼を持ち、そしえ耳の先は尖り中世の人が着ていたような服装の男。

ガイルだ。彼は宙を睨み付けながら声を響かせる。

その隣には、容姿は先ほどまでとほぼ変わらず、一対の漆黒の翼を持ち、ガイルと同じ方向を見ている男。

シオンだ。

その二人の後ろに立つ、純白の片翼を持ち金髪ながらも黒い瞳の女性。

エリーゼだ。自分の髪の色を見て驚いている。

そして、そんな彼女の隣には、青系統の瞳も黒い髪もそのままだが、翼が漆黒の闇に染まっている男。

ライナットだ。中途半端な身体にも関わらず、力強い瞳で前を見据えている。


その先には、ふわりと現れたバラモンの女性。

カタリナだ。立派な杖を真っ白な空間の床にトンと突いて、不敵な笑みをその口許に浮かべながら四人を見ている。



「私が招待したのは三人なのだけれど」

「関係ありません。私と彼は」

「悪魔と天使……随分なお立場なのね」

「おまえの方こそ人の事言えんのか?何を考えてんのかは知らないが、やろうとしてんのは随分な事だと思うぜ」

「何も知らない天使に言われたくもないわ」



カタリナはガイルの言葉に吐き捨てるようにして答えると、いきなりエリーゼを睨み付けてきた。

エリーゼは黒い瞳を鋭くさせて睨み返す。



「あなたにはちょこまかと探られてイライラしてたのよ」

「あら、奇遇ね。私もあんたにライナット様を傷つけられてイライラしてたのよ」

「まずは、あなたから消そうかしら。その減らず口に虫酸が走るもの。邪魔者は排除するまでよ」

「……!」



カタリナがその言葉と同時に杖を振りかざせば、ふっとどこからかバラモンの姿をした者たちが次々と現れた。

皆一様に目が虚ろで俯いており、被っているフードによってただならぬ雰囲気を醸し出していた。

すると、バラモンたちはふらりふらりとエリーゼに近寄って行った。いったい、何をするつもりなのか。



「片方しかない翼では、あなたは飛べない鳥と同じ……逃げられるなんて思わないことね」



バラモンたちはエリーゼを取り囲むように四方八方から押し寄せて来る。

彼女の隣にはライナットがいて、必然的に彼も取り囲まれてしまった。

ガイルとシオンが次々と輪の外からバラモンを捩じ伏せていくが、間に合わない。それに数が多すぎる。


エリーゼはライナットを護るべく彼を振り向くが、彼の様子がどこかおかしい。

さっきまで意志を感じられたのに、今はなんだか上の空だ。焦点の定まらない瞳で俯いている。



「ライナット様?どうされました?」

「……はっ。ハーフごときが気安く触らないでくれる?」

「ライナット様……?」



エリーゼがその肩に手を置いた瞬間、ライナットは口角を歪ませるとエリーゼの手を振り払った。

エリーゼは驚愕で目を見開くが、その原因が思い当たって少し間合いを取る。

だが、後ろからはバラモンが迫って来ていた。



「邪魔だなこいつら。折角あいつを"裏"にできたのに、これじゃ示しがつかない」



ライナットはニヒルな笑みを浮かべて片手を前にいるバラモンにかざした。

刹那、そのバラモンはへたりと床に崩れ落ちた。

周りのバラモンは怯んだように立ち止まる。しかし、彼はそれだけでは止まらなかった。



「バラモンなんて死ねばいい。出来損ないのクズが」

「出来損ない?ここにいるのは全員完璧なる選ばれた人間たちよ?」

「全員?嘘つきは泥棒の始まりだって教わらなかった?」

「あなた、誰のおかげで"表"になれたと思ってるのかしら」

「おまえのおかげだろ?感謝してるよ出来損ないのバラモン。出来損ないなのは、おまえだけだ」

「何言ってるのかしら……?」



ライナットは愉快そうに声を震わせているが、カタリナの声は怒りで声が震えていた。

そんな彼女を、彼は嘲笑う。



「禁忌を犯してまでバラモンになろうとするなんて、あんたバカでしょ」

「禁忌?どういう意味です?」

「あんたに教える義理はないけど、まあ一応仲間だからね……こいつは、悪魔を脅してバラモンの力を得たのさ」



その言葉にシオンは思いっきり眉間にしわを寄せた。どうやら今の言葉で全てを理解したらしい。

しかし、他は訳がわからず見守ることしかできないでいた。

一方、カタリナは浮かべていた笑みはどこかに消え、代わりに無表情になった。彼女にはもはやライナットしか見えていない。



「こいつの儀式が失敗したのは間違ってないよ。記憶ももちろんすっからかんになった。でもどこで聞いたのか、自分がバラモンの血筋だったことを知り、そんな大層な身分の自分が道端に寝転がって生活しているのに怒りを覚えた……ここまで合ってる?」

「……」



カタリナはライナットの問いに答えなかった。彼は気にせずに続ける。



「そこで、人間に紛れている悪魔を脅し、そいつに儀式をさせた。そして紛い物の力を得た……ああ、禁忌っていうのは無断で儀式をすることで、俺が言った禁忌は悪魔にとっての禁忌。無断で儀式やったんだから、そんな危険なやつ野放しにできないよね」

「つまり……」

「ええ、思い出しました。確かに禁忌のために罰せられた者がおります。でも、一人や二人ではありません」

「だろうね。儀式も素人じゃできないし。いったい何人の悪魔に罰を受けさせたんだろうね?たかが自分の欲望のために」

「……ライナット様の身に起きていることは二の次だな。まずはこの老いぼれババアをぶちのめすのが先決だ」

「老いぼれババア?」

「ハーフじゃ感知できねえか……儀式は魂を焼くんだから、そう何度も受ければ魂はボロボロになってそのうち朽ち果てる。だが、こいつの場合は間一髪で成功したんだろうな、得た力で若返ったんだ」

「つまり、見た目は若いのですが、本当は老婆になっているのです」

「そのバラモンの力、奪えばどうなるかわかってるよね?返してもらおうか」

「返す……?」

「一から説明する気はないけど、俺にも忘れられない過去があってさ。その過去のために"こいつ"を利用させてもらったよ」



ライナットは頭を指で指してそれだけ言うと、またバラモンたちを蹴散らし始めた。

命までは奪っていないが、再起不可能の状態にまで疲労困憊に陥らせているようで、バラモンたちはそのために眠らされているようだった。

いや、ただ気絶しているだけなのかもしれない。

とにかく、ライナットは犠牲を出さずに徐々にカタリナとの距離を縮めている。エリーゼは黙ってその後ろを歩き、ガイルとシオンはただ眺めているだけだった。


そして、カタリナ以外のバラモンは全て倒された。残るはカタリナのみ。

しかし、カタリナは決して焦ってはいなかった。



「最初に言ったわよね?ここは"どこにも属さない場所"だって」

「だったら何?」

「今までは力に制限が掛けられていたけど、ここだと私の力は解放される」

「だから?」

「私はすでに人成らざる者……あなたたちを簡単に消せるのよ」

「じゃあ、やってみせてよ」



未だに楽しそうに笑っているライナットにカタリナは不思議に思った。しかし、あることに気づいて焦り始めた。

カタリナは僅かにリズムがずれたのか、声を荒上げて唾を飛ばす。



「そんな流暢なことを言っていられるのも今だけよ!私が力を解放すれば、あなたたちなんかものの数秒で消滅するんだから!」

「だーかーらー、それやってみせてよ。ん?できないの?」

「……」

「おかしいなー?言ってることができないなんて、やっぱりおお嘘つきじゃん。おまえのホラ話に付き合ってられるほど、俺はお人好しじゃないんでね……まあ、種明かしをするとだね」

「うわっとととと……壁にぶつからない?!なんで?」

「セイレーンは、勧善懲悪の存在……善を勧め悪を懲らしめる……おまえはセイレーンにとっては悪と見なされた。ただ、それだけなんだよ」

「え、ええっと……」



今ここに到着したリオは、さっきまでは壁をすり抜けられたことに驚いていたが、今は冷や汗が背中を流れ落ちたことにぞわぞわっと総毛立っていた。

両手の数の瞳に見られてはなかなか怖いものだ。しかも意味もわからずに。


周りは真っ白だし、ライナットは何だか変だし、皆も翼が生えてるし、奥には見知らぬ女性が睨み付けてくるし……

視線に居たたまれなくなって俯けば、自分の容姿がおかしくなっていることに気付く。


髪が……床に付くほど長い。しかも黄金に輝いている。

瞳も金色。爪は長くなり、そして、身体が軽かった。


白いケープに身を包み、一歩踏み出せばキラキラと何かが周りで弾ける。

その神々しい姿はまるで……



女神……ヴィーナスそのものだった。


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