*Promise*~約束~【完】

逃避



「キラー再び、ね」

「あんなに遠くから狙ってよく当たるよな」

「二人共普通に話してますね……」

「確かに人殺しにはなるが、あれはあの人なりの優しさだ」

「……聞こえているぞ」




ガタンガタン、と揺れる馬車。

外はエリーゼ、ガイル、シオンが陣取り操縦を交代していた。馬車の中は広いのに二人しかいない。

彼は三人が先ほどから自分の話題を出すものだから注意すれば、皆黙ったまま話さない。

いや、笑いを噛み殺しているようにも感じられる。

だが、諌(いさ)めたのは自分のためではなく、今自分の膝に頭を乗せている最愛の人のためだ。

彼女は昨夜以来、起きる気配はなかった。

サーカスで馬車を貰い走り出すも、心地良さそうな寝息は変わらなかったのだが、やはりうるさくされるのは癪に触る。


柄にもなく、揺れでずれた毛布を掛け直してあげた。


ーーーーー
ーーー



「ん……」



そろそろ昼下がりになろうとしていた頃、声が聞こえて重い瞼を開いた。いつの間にか寝ていたらしい。

窓のカーテンから木漏れ日が差している。どうやら森の中を走っているようだ。

そして、膝からむくりと上がる頭。



「ふあ~っ……」

「起きたか」

「うーん……首が痛い。寝違えたかも」

「……悪かったな」



固いマットの上よりかはマシだろうと膝の上に乗せたが、それが仇となってしまったようだった。

咄嗟に謝るも、思っていた以上にふて腐れたような声になって恥ずかしくなる。

窓の外に顔を向ければ、リオはまだ寝惚けているのか独り言を言ってきた。



「知ってる歌がね、あるんだ。

"鳥籠の中の鳥は、自由を知らない"

"自由に生きる鳥は、温もりを知らない"

"その二人が出逢うとき、互いに惹かれあい引き寄せあう"

"それは、自分にないものを持っているから、自分の知らないことを知っているから"

"鳥籠の中は自由を知り、自由に生きる鳥は温もりを知る"

"二人が出逢うとき、何かが生まれ、光を放つ"

"鳥籠の中の鳥は、自由を知りたい"

"自由に生きる鳥は、温もりを知りたい"

……これってさ、私たちみたいだよね。鳥籠の中の鳥はライナットで、自由に生きる鳥は私だよ」



にこりと笑って小首を傾げるリオにドキッとしたが、それをおくびにも出さずにライナットは装った。

そんな雰囲気を壊したのは外にいる三人だったのは言うまでもない。



「リオ~!あんた歌わないでちょうだい!」

「……ん?え?歌ってた?」

「無意識かよ……」

「恐ろしいですね、セイレーンの力は」

「え、な、何?何かしたっけ?」

「見ろよこれ」



馬車の前方の壁にある窓付きの小さな柵から覗いた目。

その瞳は青く、髪も金色になっていた。



「おーい、そっから見えるか?あと少しで翼も出そうだったぜ」

「はい。耳の先が尖ってしまいました」

「私なんて片方の翼も出たわよ」

「……うわー、ごめん」

「ライナット様は変化なしで何よりですけど」



覚えていないが、セイレーンの歌がここまでの効力を持っていようとは想像していなかったため、リオは反省し、そして二度と歌うものか、と決意した。

だが、それは正直無理なところ。だから提案してみたのだが……



「リオ、セイレーンを辞めたいと思わないか?」

「そんなことできるの?」

「おまえが望めばいつでもできる」

「シオンに頼めばセイレーンの力を無くすことは可能だ。ただ、髪を切るはめになるけどな。そこは考えとけよ」

「なんで髪?」

「そういう決まりなのよ」

「ふーん……考えとく」

「反応薄いわねあんた」

「まあ、実感ないしね。あはは……そう言えば、このマフラー残ってたんだね」

「ムギが持ってたのよ」

「ムギは?」

「魔界に帰ったわ」

「魔界?!」

「事情は後でね」

「……なんだ?追っ手か?」

「セイレーン討伐部隊かもしれません。律儀ですね……皮肉なものです」

「ライナット様たちはここにいてください」



馬はヒヒーンと鳴いて立ち止まり、続いてドタドタと人が降りていく音がした。

それが少し怖くてそわそわとしていれば、パッと手を握られる。

隣を見れば、未だに外を眺めているライナットがいるが、心配するな、と言ってくれているようで安心した。

それに、握られた右手は彼の左手によって握られていて、その薬指には指輪がきらめいていた。

反射的に自分の右手の薬指を見れば、同じ指輪がもう一つ……それらは、婚約指輪とは違う指輪だった。



「ライナット、これ……」

「いつ気づくかと思っていたが、案外早かったな……返事は聞かない。もうわかりきっている」

「強引だね」

「嫌か?」

「……全然。むしろ、好きかも」



そこに三人がタイミングよく戻って来てしまったためにムードは台無しになったが、瞬時に理解されてしまった。


……二人の顔は、説明しなくてもわかるだろう。


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