【短編】紅蓮=その愛のかたち
5
いくほどもなく、彼は仕事を口実に少しずつ帰りが遅くなっていった。


部屋に訪れる回数もめっきりと減った。


彼に言わせると「本当に、天地神明にかけて嘘は言わない。仕事なのだ。」とその都度、土下座をして謝ってみせる。


しかし、その動作の一つひとつがナホミにとっては、その場しのぎの嘘にしか見えない。


土下座する大きな背中の向うに、彼がベッドの中で語って聞かせた、昔の女の亡霊が蒸気のようにゆらゆらと立ち上がってくる。


遥か足元の地中深く、うごめいていた亡霊たちが、いつの間にか、地表に浮き上がり、ナホミの足首をつかんでいる。


同じ紅蓮地獄へと引き込もうとしているように。



たった一つ、望むものは彼からの愛情だけ。


たったそれだけの小さな望みなのに、それすらが、何故適わないのかナホミには解らない。


最初に懇願し、かき口説いたのは彼の方ではなかったか。


それなのに、振り向いた途端に醒めたような彼の態度がナホミには信じられないのだ。


夜の果てしない快楽の向うに二人で見た未来は、いったい何処に消えたというのだろうか?


二人の甘やかな何事にも代え難い永遠の時間よりも仕事が大事だというのだろうか?


たかが仕事ごときと二人の未来永劫とを天秤にかけて、それでも仕事だというのだろうか?


いいえ、きっと違う女に会うための口実に仕事を使っているのに違いない・・・。


ナホミは血流の止まった青黒い顔に狂気を含んだ瞳だけを青く光らせて、タンスの中のものを手当たり次第投げつけていく。
< 6 / 8 >

この作品をシェア

pagetop