幸せの花が咲く町で
「そ…それで、店はいつまで……」

「一応、年内には向こうに行くつもりなの。
だから、遅くとも来月の半ばにはもう畳むつもり。
本当にごめんなさい。
こんなに急なことになってしまって……」



(来月の半ば……)



目の前が真っ暗になった気分だった。
酷い話だけど、私が一番堪えたのは、お店がなくなるということよりも、そうなったらもう堤さんに会えないってことで……



そりゃあ、家は駅を隔てただけのすぐ近所だけど、たとえ、最寄り駅は同じでも、何か接点がなければ人は知り合うことはない。
私がこの近所のどこかに就職したとしても、それが堤さんの立ち寄られることのない所だったら、会うことはなくなってしまうだろう。



(なんてこと……)



悲しくてたまらなかった。
確かに諦めるつもりだったけど……
そう思いながらも、ほぼ毎日堤さんの顔を見ることが出来て、そして挨拶程度とはいえ言葉を交わすことが出来て……
それだけで、私はどれほど救われて来たことか……
なのに、これからはもうそんなことも出来ない。
まだそうなったわけではないのに……考えただけで悲しくて涙がこぼれた。



「篠宮さん…本当にごめんなさいね。」

「い、いえ……でも、とても残念です。」

奥様は、まさか私が堤さんのことを考えて泣いたなんてご存じないから、優しく手を握って下さって……
申し訳ない気持ちを感じながらも、私は適当なことを答えた。



(私は、なんて自分勝手な人間なんだろう……)



そんなことを思う冷静さの反面、涙は止まらない。
堤さんともう会えなくなるという現実は、何にも例えられない程、悲しくて辛いものだった。
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