【完】『道頓堀ディテクティブ』
さて。

その日は朝から雨降りで、晴れ間なら時たま通りかかるであろう野良猫ですら見かけない。

あまりにも暇をもて余した穆は、市場の魚屋がくれた読みさしの皺だらけの新聞の古紙を布団に、長椅子で真っ昼間からうたた寝を決め込んでいた。

そこへ。

「クボやん入りまっせ」

何の躊躇もなくドアが開いた。

来たのは近所の葬式屋の跡取り息子の周藤(すとう)大二郎という風采の上がらない青二才で、

「ちょっとクボやん…何ぼ何でも、昼寝はあきまへんやろ」

そう言うが早いか長椅子の脇腹を足蹴にしばきあげた。

飛び起きた弾みで穆は勢いよく転げ落ち、

「あのなぁ…藪から棒に何すんねんな」

「何すんねんなってクボやん、あんたにはるばる横浜から依頼人やで」

一瞬キョトンとなった。

「さ、入り」

大二郎に促されて入ってきたのは、これまた派手に全身にレースのついたドレスを着た、二十歳もゆかないであろう少女である。

「依頼は?」

ボサボサの髪を掻きながら穆は言う。

「それが…人探しなんです」

「…んな、警察ではあかんかってんかい」

「姉なんですけど七年前にいなくなって、それっきりなんです」

意を決した口ぶりに、

「こら相当な覚悟あり、と見たな」

「大二郎は要らんこと言わんでえぇねん」

「よかった…」

安堵したのか初めて笑みがこぼれた。

「捜索願は?」

「出しては一応あるんですけど、七年なんで失踪宣告を出したらどうかって」

「そんなん出したら死んでまいますやんか」

葬儀屋だけに大二郎の反応は早い。

「そら難儀やもんなぁ…」

よっしゃ探したる、と穆は続けてから、

「どうでもえぇけど…その格好」

あんたどこぞのメイドか──穆は訊いた。

「あ、これはロリータファッションって言います」

「えらいパキパキした東京弁やな」

まあえぇ、と穆は飲みかけた缶コーヒーを干し、

「まずは話をとっくりきかしてもらおうか」

丸椅子を引き寄せると、メモ紙を片手に、胸ポケットから使いこなれた万年筆を取り出した。

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