純愛は似合わない
クリーニングのタグを取ってくれということらしい。

ヒロは他人にそんなことを頼んでおきながら、机下の冷蔵庫から見慣れない瓶ビールを取り出す。

私服であるチェックのコットンシャツの裾を制服の黒いパンツからはみ出させたままでも、ヒロは充分に美しい。

着乱れた姿さえ綺麗に見えるなんて、神様は何て不公平なのだろう。

私はそんなくだらないことを考えながら、クリーニングのビニール袋に爪をたてた。


「早紀ちゃん、これ地ビールなんだ。小さな工場なんだけどこの間、売り込みに来てね」

深い茶色の小瓶の栓をプシュリと開けて手渡され、促されるまま口を付けた。

「……ふぅん、香り良い」

「でしょ。美味しいよね。あとは、コストの問題なんだけど。どうしても、割高感があるしね。味の分かるお客様ばかりじゃないからなぁ」

「経営者っぽいわね」

「経営者だっつーの」

ヒロは私の頭をグリグリしながら、隣りの椅子の背に掛けたシャツに手を伸ばした。

「で、帳簿どうだった?」

ヒロは唇を緩めて笑みを浮かべる。

「どうって。『メルカト』の経営状態なら正常だと思うけど。私に聞くよりもあんたのが分かってるでしょ。どんぶり見積りでも黒字よね」

「うん。まだこれからだけど、ね」

「でも私に頼むより、誰か雇った方が良いと思うけれど。これで終わるつもりも無いのでしょう?」

ヒロの形の良い眉が弧を描くのを見ながら、私は瓶ビールにそっと口を付けた。
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