てのひらの温度

「いいの、旅とはそんなものなんだから」

「じゃあ、俺も連れてって」

「はい?」

「ハプニングが起こるのも旅のダイゴミ!」


言葉を覚えたての乳児のように、ぎこちない“ダイゴミ”。

醍醐味ねぇ…。ドラマや映画ではよくありそうなシチュエーションだけれど、たかが会って数分の男と旅?行きずりの関係?下手な演歌みたいだ。

彼はきらきらした目で、私の返事を待っている。


「俺、樋坂紺(ヒサカ コン)。よろしく」


まだ了解してもいないのに、勝手に右手を差し出してきた。

ナンパのつもりなのか否か。私にくっついてきて、あわよくば一夜を共にしようとでも考えてるのだろうか。理由は何にせよ、軽率な発言にその奥の気持ちを疑う。

私が睨むように凝視していても、彼は怯むことなく無垢な笑顔を送ってくる。

どうするべきか。男女の関係になる気はさらさらないけれど、少し面白そうな気もしてしまう。


羽目を外してみようか。日常から飛び出したんだ、普段とは違うことをしてみたい。

それに私だって子供じゃないんだから、例え成り行きでそうなったとしても、傷付いたりしない。それはそれ、ってもう割り切れる歳だ。


「…いいよ。水芦咏(ミズアシ ウタ)、よろしく」


大きな彼の手を握ったとき、電車はゆっくりと走り出した。
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