アメット
第二章 記録と現実

 調査に障害が付き物と言われているが、シオンの身に早速その「障害」が、訪れた。

 彼の身に起こった障害というのは、手渡された地図が役に立たないというもの。

 一体、何年前の地図かわからないが、表示されている建物の位置と実際の建物の位置が全く符合しない。

 いい加減な物を――

 と、怒りが湧き出してくるが、多くの者が訪れることを拒否する最下層。

 地図の更新は行なわれず、寧ろ地図があること自体が奇跡といっていい。

 だからといって怒りを治められるだけの効果はなく、それどころか右も左もわからない状態に陥ってしまう。

 幸い、エレベーターは高い塔のように伸びているので、どの場所にいても位置を把握することができる。

 しかし地図が使えない今、細かい地形を把握するのは難しい。

 ふと、その状況にシオンはひとつの仮説を立てる。

 まさか、大気調査の他に地図の更新も同時進行で行えというのか。

 もしその仮説が正しいというのなら、何と都合のいいことか。

 所詮、階級の上の者にとって下の者は使いっ走りの道具。

 自分達がやりたくないことをやらせ、それを手柄にするのだろう。

 地図を渡した上司に一度蹴りを入れたいと思うが、寸前の部分で感情を制御した。

(誰かに聞けば、手っ取り早いが……)

 先程から自分に不信感たっぷりの視線を向けてくる者達に尋ねればいいが、漂う雰囲気がそれを阻む。

 それにネットで仕入れた情報がシオンの行動を押し留めており、なかなか声を掛けられないでいた。

 だが、背に腹は変えられない。

 また、思った以上に荒々しい場所ではない。

 意を決し近くにいた二十代前半の女に声を掛けるが、防護マスクを身に付けているシオンの姿に恐怖を抱いたのか、か細い悲鳴を上げ拒絶の意思を示す。

 予想外の反応にシオンの目は点になってしまうが、ここで諦めるわけにはいかないと再度声を掛けるが反応は同じ。

「え、えーっと……」

 「落ち着け」と自分自身に言い聞かせ、懸命に次の行動を模索していくが、悲鳴を上げられるとは思わなかったのだろう、シオンはあたふたし動揺を隠し切れないでいた。

 確かに現在の姿は見てくれは悪いが、大気が汚れている最下層で防護マスクを外すわけにはいかない。

「悪い人間じゃない」

 混乱している頭の中でやっと思い付いた言葉はそのようなものであったが、見てくれの悪い人間がそのようなことを言っても、ますます不審がられるだけ。

 冷たい視線を向けてくる女にシオンは自分が科学者だということを話し、どうして最下層に来たのか話していった。

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