きっと、これは

-池内Side-

「池内ー」
「なに?」
「これ、返しといてくれよ」
「……」
 これ、と言って差し出されたのは、本だった。
 登校して自分の席に着いた私にそんな事を言って来たのは、隣の席のあいつ、武本だ。
「……そんなの自分で返せばいいじゃない」
 私はわざとらしく溜息をつくと、鞄を机の横に引っ掛けた。
 本を借りたのは武本なんだから、普通は自分で返すもんなんじゃないの? てか武本が本って……
「これ、な。頼んだぜ。昼休みか放課後、どっちかな」
 そう言って、武本は私の机上にその本を置くと、立ち上がってどこかに行こうとしていた。
 たった今自分で返せと言ったばかりなのに何こいつ!?
「ちょっとー!」
 本を持って私も立ち上がり、武本を引き止めようとした。
 武本はこちらを振り返りにかっと笑うと、
「頼むって。池内が行かなきゃなんねぇんだよ」
 そう言った。
「え?」
「じゃな。今日中に、頼むぜ」
 今日中に、という所を強調してそれだけ言うと、武本は手をひらひらとさせながら教室を出てどこかに行ってしまった。
 私は溜息をついて、仕方なく席に着くと、渡された本を無意味に色んな角度から眺めていた。
「……どういう事?」
 私が行かなきゃならないって。
 武本の言っている意味が分からなくて、その意味を早く知りたいから昼休みに図書室へ行こうと考えたけれど、よく考えたら昼休みは部の集まりがあった事を思い出す。
 放課後にしよう。
 私は本をぱらぱらと捲った。
 小さな文字がずらっと並んでいる本で、とても武本が好んで読む本とは思えなかった。でも巻末にある図書カードを見ると、確かにあいつが借りた事になっているから、どうにも不思議でならなかった。しかも、借りた日付を見ると、昨日になっている。読書好きなら分かるが、あいつがこれを一日で読み終えたなんて、ますます有り得ない。図書カードには、この本しか書かれていないから、きっと初めて借りたのだろう。何だかまるで、この為だけに借りたみたいじゃない……。
「本、か……」
 そういえば彼もあの日、沢山の本を持ち歩いていたっけ。
 彼、を。思い出した。
 あの時の――一週間前の、彼が言った言葉は、何だったのだろう。
 私は彼を、笠井君の事を思い返していた。
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