甘い唇は何を囁くか
それからの日々は、
まさしく天上にいるかのごとく舞い上がったものだった。

シスカの父と母の関係は冷め切っており、
母は召使と、父は愛人と隠すこともせず関係を持っていた。

親子の愛などというものもなく、余りある金だけを与えられ
はぐくまれてきた環境で真実の意味の幸福というものを
シスカは、これまで知らなかったのかもしれないと思った。

ユリーカと連日、逢瀬を重ね情事を繰り返した。

愛を確かめるように、二人だけの時を短い夜の帳の中で
幾度も―、幾度も…。

シスカが、身体に異変を覚えたのはそれから間もなくしてだった。

はじめは、身体が重いという程度のものだった。

寝る間を惜しんでの逢瀬を繰り返していたから、
寝不足のせいなのだろうとそう思っていた。

だが、次いで高熱に侵されるとそうではないのだと気がついた。

流行の熱病にかかったのだろうか。

間もなく、意識は朦朧とし、心臓が苦しくなりだした。

体中の血液が沸騰するのではないかというほどの熱さに、
シスカは死をも覚悟した。

何より、ユリーカと逢へないことがシスカを苦しめた。

あの夢のような時を土産に、あの世へと旅立たねばならないのかー。

否、あれは本当に夢だったのではないか…。

混濁とする意識の中で、ぜいぜいと息を荒げてシスカは思った。

ユリーカという女は自分の作り出した理想の女で…実在などしないのではないか。

俺は夢を見ていたのではないか―。

高熱が3日3晩続いたその夜、ベッドの際に人の気配を感じて
シスカは重たい目蓋を開いた。

その時、眼に映ったのは、願望のように思い描いていた理想の人、ユリーカの姿だった。

ユリーカは跪き、シスカの手を握った。

「ああ…シスカ…。」

「ユリーカ…逢いた…か、た…。」

どうして今、此処にいるのかなど、どうでもよく

苦しげな息とともに、シスカはユリーカの冷たい指先に自らの熱を帯びた指を絡めた。

「シスカ…貴方、許して…。私は分かっていた。こうなることを―。」

ユリーカは眉間を絞って続けた。

「私の毒が、貴方を侵し、貴方を死に至らしめる。」

私の愛した貴方を―。

そう言って、ぎゅっとシスカの手を握り締めた。

「シスカ…私の魂の半身…。このまま死の扉を開けることが、貴方にとって残された唯一最後の幸せなのかもしれない。けれどー。」

シスカの枕辺でユリーカは熱に侵され、意識が朦朧としているのを見つめた。

「私は、貴方に生きていて欲しい―。」

それが、過ちであっても。

呟くと、ユリーカはシスカの手を離して立ち上がった。

「貴方は、私を忘れてしまう。その代わりに不老不死の力を得て、生きていける。」

これが、正しいことだとは思わない。

貴方が望んだことではないのに、私の気持ちを一方的に押し付けてしまうのだから―。

許して…。

光沢のある漆黒のドレスでベッドの上にひざをつくとスプリングがギシリと鳴った。

「ユリーカ…?」

「愛してる。これからもずっと…貴方が私を忘れてしまっても―。シスカ…私の魂…。」

「忘れる…などある…わけが…ない…。こんなにも深く…愛して…いるのだ…から…。」

ユリーカはそっとシスカの頬を手のひらで包んだ。




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