MOONLIGHT【番外編~ウエディング、新婚旅行!?編】
声があがった方を見ると。
ウィリスから皆距離を取り出した。
しかも、涙目でウィリスを睨み、中にはえずきかける者もいる。
「え?え?え?何が?」
ウィリスはオロオロしている。
周りを見回すウィリスの後ろ姿が見えた時、タキシードの裾、というかズボンのお尻の下辺りに茶色い物が付着している。
えっ?
戸惑いながら、ウィリスから離れ出した。
そこで、レイが近くにいた司会者に、何かを言った。
司会者が頷き、マイクを通してウィリスに何かを言った。
会場中が爆笑となった。
ウィリスは一目散で、どこかへ向かって駆け出した。
「!!!?」
ウィリスが立ち去る際に近くを通り過ぎた時、全てを理解した。
異臭がしたからだ。
異臭、というか…牛小屋の臭いに近い感じ…。
で、尻には茶色いもの…。
嘘だろ?あいつ、もしかして?
「漏らしてないから。でも他の人はそう思わないよね?あれ、私が仕込んだの。」
レイがボソリと俺の耳元で呟いた。
ウィリスの尻に付着していた茶色い物の正体は。
テーブルでタバコが吸えなくてイラついていた時噛んでいたミントガムの残骸でくるんだ、レイの胃薬だった。
胃薬は葉山家に代々伝わる胃痛にきくという漢方薬で、家宝の秘伝書に基づいて作られているらしい。
それが無茶苦茶不味いらしくて、レイはいつもカプセルで飲んでいるらしく、いつも携帯している。
で、それが何故かアルコールにその薬を浸すと、さっきのような異臭を放つらしく。
レイはミュールが脱げたフリをして咄嗟にガムにその薬を仕込んだらしい。
で、ふらついたフリをしてウィリスのタキシードの裾裏にガムで張り付け、席に戻って椅子に座ったウィリスはそれを尻で潰し、カプセルが壊れその薬が染みだし、そうなるとガムをも変色させ…。
登壇した時には、既にそういう状態で。
レイは漢方薬で仕返ししようと決めていたみたいで、テーブルで既に飲んでいたビールをカプセルに仕込んでいたと言う。
驚きの手際の良さだ。
「だけど、よく思い付いたな、そんなこと。しかも、手際が無茶苦茶いいけど…。」
こんなに完璧な犯行、びっくりだ。
だけど、その後のレイの答えに、目眩がした。
「ああ。これ、前に典幸で試したことがあるから。」
「ええっ!?」
「典幸って本当にバカでさ、そのまま車乗って、車1台ダメにしたんだよね。」
ゲラゲラ笑うレイに、俺は一生勝てないと確信した。
でも、レイの凄さはそれだけじゃなかった。
あの騒動を上手く収めたからだ。
壇上で騒ぎがおこった時、いち早く司会者にレイがウィリスを手洗いに、と…忠告した。
司会者はそのまま、ウィリスに伝え、会場は爆笑の渦となったが。
ウィリスが去った後、レイがマイクを借りて話しだした。
「実は夫とミスターウィリスは高校の同級生で、今回久しぶりの再会でした。最終日ということもあり、今日昼食をともしましたが、その時から腹痛があり、私が相談を受けました。極度の緊張からくる腹痛と診断し、いくつかアドバイスをして、薬を服用することを勧めましたが、やはりこういった状況で、腹痛が激しくなったのだと思います。此処にいらっしゃる皆さんには、おわかりになるはずです。どれだけのストレスや緊張が体にのしかかっているのか…。これが、腹痛ではなくて、心臓の病気だったら皆さん同じように笑えますか?症状は違っても、原因は同じです。彼も随分苦しかったと思います。それでも、彼を笑いますか?私は皆さんの良心を信じます。いかがでしょうか?」
レイの真剣な言葉に、会場内はシン…とした。
そして、どこからともなく拍手がおこった。
信じられない。
この会場内で絶対に一番良心のないやつの口から出た『良心』という言葉に皆が感動しているなんて…。
そして、言葉はまだ続く。
「ありがとうございます。皆さまの良心を信じます。どうか、この後ミスターウィリスに会われたら、温かいお言葉をかけてあげてくださいませんか。」
会場内に、物凄い拍手が起きた。
レイは拍手を続ける人々に優雅に頭を下げた。
結果、壇上で起こったことを誰も口にすることはなくなり、ウィリスに対しては皆気づかい、大丈夫かと優しい言葉をかけていた。
もう。
完璧な筋書きに、言葉もでなかった――――