甘い恋飯は残業後に


「それじゃ……」

わたしは難波さんに背を向けたまま、顔だけを少し後ろに向け頭を下げた。送ってくれたのに失礼な態度だと思いながらも、これ以上は無理だった。

「……お休みなさい」

「桑原」

呼ばれて、つい視線を合わせてしまう。


「あ……」

馬鹿だ。最後の最後に、しくじるなんて。


一瞬のことで、どちらから求めたのかはわからない。

わたしの唇は――もうひとつの唇で塞がれていた。


「……、っ」

一度触れただけなら、ただその場の感情に流されたのだとお互いに言い訳も出来たかもしれない。

でも、もう遅かった。

難波さんの舌が唇の隙間から入り込み、わたしの口内で、動く。

「……っ、ふ」

苦しくて、息を吸おうと喘いだ口元から思いがけず厭らしい声が漏れる。

自分の声に動転して腰が引けたわたしを、彼はすかさず抱き寄せた。


「……中へ」

当然、わたしに拒否権はなかった。難波さんは否応無しにドアノブを回す。わたしを抱きかかえるようにして玄関に入ると、彼はドアが閉まる前にわたしの唇を奪った。

ふたりの乱れた吐息が、耳に甘く響く。

難波さんのキスは、少し強引で熱くて――凄く、優しかった。

本当はずっと、この人とこうしたかったのかもしれない。奥底に押し込めていた感情が心の中に一気に溢れて、もう手に負えない。

夢中で、彼のシャツをきつく掴む。



幸せを感じているその一方で――。

いくつかの疑問が、心にかすかな痛みを与えていた。



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