甘い恋飯は残業後に


「新しく入ったスタッフは、どうですか?」

「ああ、カフェでのバイト経験があるから、あまり教え込まなくても大丈夫そうだ」

車のフロントガラスを通り抜け、日差しが容赦なく体に照りつける。それでも歩いて移動するよりは、エアコンがある分、快適に移動出来てありがたい。

「難波さんもこっちに来てからいつも以上に忙しそうですよね。おとなしく部長席に座っていればよかったんじゃないですか?」

冗談まじりにそう言ってやる。

「フォレストにいたとして、俺がおとなしく部長席に座っているような人間だと思うか?」

まあ、それもそうだ。

「違いますね」というと「なら、『Caro』にいたほうがいいだろ」と答えが返ってくる。


「『Caro』を発展させる為なら、俺はどんなことでもするつもりだ。それに、まだ俺にも現場で出来ることがあると思っている。部長席でふんぞり返るのは、それをやりつくしてからでも遅くはないだろ」

難波さんの横顔を見つめる。しっかりと先を見据えている顔が、少し癪だけど……かっこいい。

「わたしもまた今から頑張らなくちゃ。難波さんに便乗させてもらったから、電車と徒歩で移動しなかった分、少しは充電出来たし」


車が信号で止まる――と、ふいに唇が重なった。


「ちょっ……まだ仕事中ですって」

「そんなの知るか。仕事のせいで会う時間も取れないんだから、これぐらい当然の権利だろ」

あの夜以来、毎日電話はしているものの、お互いに忙し過ぎてプライベートでは会えていなかった。自分だけが会いたいのかと思っていたけれど、難波さんもそう思ってくれていたんだろうか。

顔が、熱を帯びる。


「俺だって、少しは充電させてもらわないとな」

わたしは「もう」と困った声を出しながらも、顔がニヤつくのを堪えきれなかった。



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