薬指の約束は社内秘で
もしやと思って振り返ると、入り口付近でウェイトレスと話す葛城さんの姿があった。

店内を見渡す彼の瞳が私を見つけ、小さく手招きされる。
注がれる多くの視線から逃れるように慌てて席を立った。



普段外出が多い葛城さんは車通勤が許されていて、一度だけ座ったことのある黒い革張りの助手席でシートベルトをすると、車は静かに動き出した。

微かなエンジン音とラジオのBGMが流れる車内。

今朝の雨が嘘みたいな色の濃い夕日が運転する葛城さんの頬を照らしていた。
オレンジ色に色づいた横顔を見つめていると赤信号で車が止まり、彼の目線がチラリと向けられる。

「なにか、リクエストはある?」

主語のない言葉が意味すること。それが食事のことくらいは、わかるけど。

出張前に葛城さんに言われた『作ってほしい時間』が、この後の食事の時間だけじゃないことくらい、
恋愛経験値が乏しい私にだって、なんとなくわかる。
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