叙情
「真弓、あの男か?」


お母さんの横に立っている男を見ながら
耳元でそう聞いてくる総一に
頷くことしかできない。


その直後




「キャー、り、陸!大丈夫!?」


お母さんの悲鳴と共に

あの男が
総一に殴られ激しく倒れ込み

男を守るようにお母さんが目の前に立ちはだかっている。


「いくら殴っても殴り足りねぇんだけど」


冷酷な目で睨み
男とお母さんに向かって
そう吐き捨てるように言っている総一の姿がある。


「真弓!何なのその男は!」


悲鳴のように私に罵声を浴びせているお母さんは

何だか・・・・



「お母さん、私
その男に、そこにあるガムテープで
手も足も口もグルグルに巻かれて
その部屋に閉じ込められてたんだよ?」


涙声で、そう静かに言うけれど


「そんな事するわけないじゃないの!」


真っ向から否定されてしまうわけで・・・



「もういい・・・」


声を押し殺すように
そう呟いた。


そのまま、その家を後にしようとする私と総一に


「真弓、その男に殴られて
陸はケガしてんのよ!?
警察呼ぶからね」


もう・・・ダメだ。


「呼びたきゃ呼べば?
その時は、あんたの大事な陸くんって男が捕まるだけだから。」


何か分からない言葉を
後で叫んでる気がするけれど

何だか、もうどうでも良かった。

まるで、お母さんの言葉が

まったく知らない国の言葉に聞こえ

私の帰る場所はないんだと・・・

帰る場所が無くなった瞬間でもあった。
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