真っ暗な世界で
「名を、伺ってもよろしいかい?」


広間に連れてきた女は仏頂面でそっぽを向いて、近藤さんの言葉にも面白くなさそうに答えた。


「普通、先に名乗ってから聞くものじゃない?」


その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かがブチ切れた。総司の雰囲気も黒く変化した。


「てめぇ…!近藤さんにっ……!」


女に掴みかかろうとした俺を春が押さえた。春の力は意外に強く、中々解くことが出来ない。でも、俺はそれどころじゃなかった。


「土方さんっ!!」


「トシ!!」


近藤さんに一喝され、悔しいが、感情を必死に抑えた。


「…………チッ、離せ」


その際、春に少し八つ当たりしてしまったが、春は分かってくれるだろう。


「彼女の言う事にも一理ある。すまないね、私は新選組局長、近藤勇だ」


「…………咲洲玲那」


「君は、どこから来たのかな??」


「…………………」


「なんか答えたらどうなの?」


総司が苛立たしげに急かす。


「あんさぁ、今、何年??」


咲洲玲那の言葉に幹部……いや、その場にいた人間が呆気に取られた。


だが、春はまるで幼子にものを教えるようにその問に答えた。


「文久2年だよ」


「…………今から話す話はうそじゃない」


咲洲玲那がそう前置きをして話始めたことはにわかには信じ難い話だった。


咲洲玲那は、今から約150年ほどの未来から来ているという事だった。


信じることが出来ない俺が何か証拠があるのか、と聞くと、あいつは芹沢さんの暗殺の話をした。


あれは幹部と、暗躍した春しか知らない話だ。未来から来た、というのは信じるしかない。


「トシ………、この子を此処に置かないかい!?」


人のいい近藤さんは突拍子のないことを口にした。


「どうしてそうなる!近藤さん!?」


「未来から来たというのが真ならば、咲洲くんは帰るところがないではないか!」


「だからってなぁ……」


「いいよ、私、一人で生きていけるし」


渋る俺を後押しするように言った咲洲玲那はどこか陰があるように思えた。


それに火をつけられた近藤さんは半ば強引に此処に留める事にした。


勘弁してくれ、近藤さん………。


明日から春が居ねぇのによ………。


ガックリと肩を落としながら咲洲を見やると、咲洲は、得意気に鼻で笑いやがった。


こいつ、絶対俺の事、見下してるぞ……。さっき、俺の事土方って呼び捨てにしやがった。あー………あばよ、俺の穏やかなる日々……。


平助と原田、永倉の三馬鹿と総司が咲洲を歓迎しているところを見ながら俺の穏やかなる日々に別れを告げた。


出来れば告げたくはなかったが。


明日からは総司と組んで俺を弄びにくるのだろう…………。


その情景がありありと浮かび、俺はまた、肩を落とした。

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