真っ暗な世界で
「はい、口開けろ」


「………お箸、ください」


これ以上は私のプライドが許さないので、省略させていただく。


昼食も菊田さんに食べさせられる。


女物の着物ってやっぱりキツイ。


お腹が締め付けられ、コルセットのよう。


いや、夜はもっと酷い。


今は半襦袢と着物一枚で済んでるけれど、夜になればこれに打ちかけ、髪も結って簪なんやらを頭につけまくる。頭が倍の重さになる。


あれはいつになっても慣れない。


「風呂、入ってこい。今なら誰も居ないはずだ」


「はい……」


菊田さんに促されるまま風呂場へと向かう。


「ほら、じゃぁ、転ぶなよ」


そう言われて風呂場の暖簾をくぐらされる。


そこまでドジではありません。


「強引……」


独り言を呟くと、入り口から人の気配がした。これは菊田さんじゃない。


「どなたかいるんどすか?」


………芸妓かな。


「はい。ここに」


「見ない顔な。新入りどすか?」


「はい。昨晩、来たばかりなのです」


「どおりで京ことばがなってへんはずどす」


コロコロと鈴のように笑う芸妓。


「以後、お見知りおきを。ねぇ様の名を伺っても……?」


「あたしの名前を知れへんのどすか?」


「はい……。私は人を容姿で判断する事は出来ませんので。目が見えづらいんですよ」


私は眼帯をつけたほうの目を指さした。


「そうどすか。あたしは桜どす」



桜、さんか。如何にも日本人って名前。それにしても、随分と綺麗な声してる。


「桜さん、ですか」


「そう。あんたの名前は?」


「春風です」


「春風どすか。さてと。早くお風呂に入っちゃいましょ?」


隣から布が擦れる音がする。着物を脱いでいるのだろうか。


私もそれを見習い、眼帯と半襦袢を脱いだ。






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