君の世界からわたしが消えても。

 その結果引き起こるのが、記憶喪失だという。


 先生が話してくれた記憶についての難しい話。


 それを簡単に自己解釈したから理解に誤りが生じているかもしれないけど、カナの身に今起きていることは、つまりはそういうことなのだ。


 そして、先生はこうも言っていた。


 脳の判断で消されてしまった記憶というのは、完全にその人の中からなくなってしまったわけではなく、鍵付きの密室に封印されているようなものだ、って。


 だから、なんらかの理由があって意図的に抑え込まれた記憶の蓋を、外側から強引に刺激を与えて無理矢理開けるのは、脳が発した危険信号に逆らうことになるからあまり良くないらしい。


 先生の言葉から考えると、わたしをミヅキだと言い、実の母親の姿さえも忘れてしまったカナにとってあの事故は、心身にそれほどのダメージを与えるものだったということになる。


 だから、カナと接するときにはなるべく普段通りに過ごして、彼が自然に記憶を取り戻すことを待つのが最善だそうだ。


 ……だけど、すでに例外が起きてしまっている。


 それはここにいる誰もが気付いていることで、最も重大とも言える問題だった。

< 70 / 298 >

この作品をシェア

pagetop