STOP
第25話
(考えるな。今は試合に集中するんだ。2点差で勝っているからってまったく油断はできない。)
和人は、英と月野のことを懸命に考えまいとした。
だが、目線はついつい月野の方へ向ってしまう。
ボールがタッチラインを割った時、英がボールに触った時、自分がボールをクリアーした時、いつだって月野の表情が気になった。
と、相手の選手から大きなパスが出た。
和人の後ろへ飛び出した敵のセンターフォワードへ、ぴったりのパスだった。
ペナルティエリアでノーマーク。
敵の応援団から「ワー」という歓声があがり、味方の応援団からは悲鳴が聞こえた。

万事休す、と思われたその時、審判の笛が鳴った。
ピーッ。
和人たちがオフサイドトラップを仕掛けていたのだ。
敵はまんまと緑丘ディフェンダーの罠にはまった。
(やった。完璧に決まったぞ!)
和人は真っ先に月野の方を見た。

だが月野の表情は和人の予想に反し、呆れたような顔をしていた。
”決定的なピンチの場面だが、相手のミスによって救われた”
そう誤解しているような表情だった。
(ちがう。俺たちは攻めたんだ。高度なプレーを完成させたんだ。)
そんな和人の思いは届くはずがなかった。
「いいぞディフェンス、伝家の宝刀がついにでたな。」
英が和人の肩をぽんと叩いた。
和人は英に向って軽く手を挙げた。
次の瞬間、和人が月野の方に目をやると、月野はこっちを見ていた。
(まてよ、これじゃまるで俺が英に励まされているみたいじゃないか。)
和人は釈然としないまま、フリーキックのボールを蹴った。

ザッ。
「あっ・・・」
和人の口から気のない声が漏れた。
山中めがけて強いボールを蹴ったつもりが、ボールの下の土もいっしょに蹴ってしまったのだ。
ゴルフでよく言う”ダフり”という行為だ。
ボールは力なくころころと転がり、敵の選手が楽にインターセプト。
そしてそのままドリブルでゴールへ突き進む。
和人は追いつけなかった。
キーパーと1対1。
キーパーは難なくかわされ、無人のゴールへシュートが決まった。
あっという間の出来事だった。
緑丘の応援団から「あーっ」という悲鳴が漏れた。
当然、奥山中の応援団からは割れんばかりの歓声が起こる。
和人は呆然と立ち尽くし、うなだれた。

「すまない・・・、みんな。」
和人は声を振り絞ったが、果たして何人に聞こえたのだろうか。
和人の声はそれほど弱々しかった。
「お前がこんなミスをするなんてな。」
英がニコニコ笑いながら近寄ってきた。
「あの2点で楽に勝てるとは思っていなかったさ。でもまさか和人が・・・、って感じだな。ドラマを作ってくれるぜまったく。そんなに落ち込むなって、まだ1点リードしているんだからさ。」
英の声はやさしく、それでいて力強かった。
(これが本当に自分と同じ中学3年生なんだろうか。)
サッカーのプレーとともに心までも急激に成長している英を、和人は遠い存在に感じていた。
そして初めて、英に対して劣等感を抱いた。

和人は自分の両ほほを両手でぱちんと叩いた。
「ちくしょう、負けてたまるか、絶対に。」
言いながら和人は英を見つめた。
「お、おう・・・、でも敵はあっちだからな、あっち。」
英が奥山中の選手を指さしながら笑った。
「さあみんな、和人のアドレナリンがあがったぞ。和人に近寄るなよ、吹き飛ばされるからな。」
英が声を張り上げると、みんなの表情がゆるんだ。
(ちくしょう、やっぱり英は1歩前を歩いてやがる。)
そう思いながら、和人もつられて笑った。

それからの和人のプレーは目を見張るものがあった。
味方の選手に大きな指示を出し、サポートに動き回った。
英へのマークは依然として厳しく、さらに疲労もかなり蓄積しているようだった。
その英の分をカバーするかのように、和人は精力的に動きまわった。
奥山中は、失点を覚悟でどんどん攻めてくる。
試合終了間際、一瞬のすきを突き奥山中の強烈なロングシュートが放たれた。
誰もが息をのんで、ボールの行方を追う。
ボールは、― 大きな音をたててゴールポストに当たり跳ね返った。
そしてそこで試合終了の笛。

2対1、緑丘中の歴史的勝利だった。
沸き起こる大歓声。
緑丘中の選手たちが一斉にベンチへ走ってきて、楠田を胴上げしだした。
試合前に、あらかじめ選手全員で決めていたことだった。
楠田は感極まって泣き出し、選手たちはそれを見て笑い合った。
月野が英を祝福している姿が和人の目に入ったが、それでも和人は満面の笑みで仲間と喜びを分かち合っていた。
和人にとって中学校最後の公式戦は、最高の形で幕を閉じた。
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