STOP
第27話
「ただいま。」
いつものように和人がクロベエを散歩させて帰ると、居間には父・正和がいた。
今日は残業をせずに帰ってきたようだ。
「お帰り、今日はなぜこんなに早く帰ってきたと思う?」
「知らないよ。」
「ふっ、今日は月に一度の給料日なのだよ、和人君。」
「それで?」
「なんだよ、お父さんが毎日身を粉にして働いているっていうのに、感謝の心はこれっぽっちもないんだな。」
「そりゃ感謝してるけど、それと早く帰ってくるのとどう関係があるの?」
「お父さんは決めたんだ。給料日の日には出前を取る。しかも寿司だ。特上だ。」
「おう!それはすばらしい。」
「だろ?6時半に届くことになってるから、間もなくだな。それと今日はデジカメを買ったんだぞ。昨日発売されたばかりの最新機種だ。ほら、こんなに薄いのになんと望遠レンズがついてるっていうすぐれもんだ。」
父は自慢げにデジカメをハンドバックの中から取り出した。

「それは!」
取り出されたデジカメを見て和人は眼を見開いた。
「どうした、和人。」
「いや、それと同じ携帯を前に見たことがあったから。」
「そんなはずはないだろう、昨日発売されたばかりだぞ。でもまあ、もしかしたら広告か何かを見たのかもしれないな。」

ピンポーン。
玄関の呼び出し音が鳴った。
「おっ、寿司が届いたかな?」
正和が財布を持って玄関へ向かった。

(あのデジカメと同じだ。)
和人はそれをじっと見つめていた。
時を止めるデジカメ。半年ほど前に拾って2、3日使ったあと交番へ届けたあのデジカメに瓜二つだった。
でも父は昨日発売されたばかりだと言っていたし、和人が拾ったやつは、かなり古ぼけている感じがしていた。
(記憶違いだろうか?でもよく似ている。)
「STOP」と書かれたボタンは、当然なかった。
和人は右手の人差し指で左の腕の3センチほどの古傷を触っていた。
考え事をするときのいつもの癖だ。

「ほら、寿司だぞ~、うまそうだぞ~。」
父がにこにこしながら寿司を運んできた。
「どうした和人、ぽかんとして。さあ皿を持ってきてくれ、俺はビールを持ってくる。」
和人は言われたとおりに皿をもってきて座った。
父はコップにビールを注いで飲みだす。
「く~、うまいねえ。さあ和人どんどん食えよ。」
「あ、うん、いただきます。」
和人も牛乳をコップに注いだ。
(そういえば交番に届けてそろそろ6カ月だな。持ち主が現れたんだろうか。それとも持ち主が現れずに、俺のものになるのかな。)
和人は箸をつかんだ。
(・・・まあ、デジカメのことは後でゆっくり考えよう。まずは寿司だ。)
トロをめがけて和人の箸が飛んだ。
そして口の中へ。
「うめえ!」
「そうだろう、たくさん食べろよ。」
父の顔はビールですでに赤くなり始めている。
和人は久しぶりの寿司を堪能した。
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