手をのばす
私は、あらかじめ用意しておいた言葉ではなく、

「わ、私も話したいと思ってたの」と言えた。

恥ずかしかったので、ひどく早口になった。


しかも焦って少し声が裏返った。

その上、あいかわらずのぼそぼそした声だった。


今にも周りの雑音にかき消されそうな。


彼女に届くか不安だったけれど、私の返事に沙耶はゆっくり顔をあげて、初めての笑顔を見せてくれた。





それを見た瞬間、私の心の霧や、脳裏にこびりついた悪い想像や、耳の奥から聞こえる

「気持ち悪い」

の声が、ふっと消えたのをはっきりと感じた。


ぎゅっと胸がしめつけられた。

それは少し痛かったけれど、ちっとも苦痛ではなかった。





こうして私たちは始まった。

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