*悪役オムニバス*【短編集】




それから近くのホテルに入り、あとは紛い物の情事。

若くしてこのような形で、このような場所で、この行為をすることはスリルがあって胸が高鳴る。


そして事が終わると、あとにはぼんやりとした快感が残った。


しかし、今日は相手が相手なだけに、いつもとは違った気分だった。

快感がなかったわけではないが、それよりも、男の身体の面妖さに目を奪われていた。


こいつ化けもんかよ。


女は下着を着ながら思ったのだった。


二人きりになるなり、男の体は、まるで全身に墨を塗りたくったかのような肌の色へと変色した。

外国の黒人のような、ああいう自然な肌の色ではない。

もっと不自然で、非人間的な、日本特有の墨汁色の肌。

やはり男の言う通り、本当に“鬼”なのかもしれない。



「鬼ってさ、もっとこう………肌の色が赤とか青じゃね?
しかもなんか、体つきもイメージと違うし」


一般的な鬼と言えば、もっと筋骨粒々で肌が赤か青だ。

おまけにパンチパーマをかけたふうな髪に角が生えている。

それなのにこの鬼は、そこそこ細身で引き締まっており、角もない。

しかも鬼の印象とはかけ離れた肌色だ。


「“人型”で黒色ってのは希少なんでな」

「鬼に希少とかあんの?」

「動物に例えりゃ、ニホンオオカミとかイリオモテヤマネコあたりだ。
妖怪の世界じゃあな」


古臭い印象の漂う妖怪にしては、やけに現代人じみたことを言う。


< 42 / 100 >

この作品をシェア

pagetop