私は彼に愛されているらしい
「マジでやられた…。」

惚れた。

口直しに煎餅とかマジで惚れた。声を落として俺を気遣うところとかマジで惚れた。ヤバイ惚れた。

恋ってのは恐ろしい活力源で、俺は一気にやる気を取り戻して懸命に仕事に励んだ。こんなに近いところで仕事ぶりを見られてるんじゃ気合入れて取り組んでいくしかない。

あの人は仕事に対する姿勢に厳しい人だ、遅刻ギリギリにしかやってこない先輩に対し、帰って寝尽して出直して来いと言ってしまう人だ。あれは笑った。

「忙し過ぎて寝不足なんですよ。ちゃんとお休み貰って1日寝たら早く来れますって。先輩は頑張り過ぎてヨレヨレなんですよ。」

その後で先輩の普段の仕事を労う言葉も忘れない、おかげで普段通りの他愛のない会話に戻れるから本当に凄いと思う。彼女のその特技を活かして嫌な役回りを押し付ける人もいるくらいだ。

清水さんが休みの日は彼女を探す人が何人もいることを本人は知らないだろう。

「駄目だ、清水さん意外にガードが固い。本当は彼氏いるんじゃないのかな。」

「いや!いないって言ってた。周りに聞いてもそれは本当らしい。」

「あれは男慣れしてんだって。経験値高そうだもんな…。」

若い男連中はそんな話を繰り返していた。俺は自分の気持ちを気付かれないように奴らの言葉に聞き耳を立てるだけ。そんな若者の話を聞いた中堅組のおっさんたちは可笑しそうにするだけだった。

あいつら、楽しんでるな。

その反応に何故か腹が立って俺は派手に動こうとはしなかった。周りに丸見えになる、それが社内恋愛の欠点だ。だから社内には求めず社外にだけ手を出していたのに、なんてことだよ。

小悪魔だか魔性だかの清水さんに振り回されながら日々を過ごしていると、偶然にもあの現場を目撃してしまったのだ。

そう、課長に食事を誘われる清水さんを見つけた。

いつもの様にサラリとかわすのかと思いきやそうではない、好意的な返事をしているから驚いた。
それと同時にこいつも金目当てなのかと腹が立ったのだ。

だってそうだろう、金に余裕のない若手よりも色んな意味で余裕のある中年あたりに愛想を振りまくなんて明らかな話だ。

でも若い女が浮つくのは分かるが、清水さんはそんなに浮いていられるような年齢ではない筈だ。

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