この幸せをかみしめて
麻里子が祖父母の家で暮らすようになったのは、今から三ヶ月ほど前になる。
世間では、リンリンリンと、楽しげなクリスマスソングが流れ始めたころだった。

その理由を語ると、身から出た錆としか言いようがない、そんな情けない話になる。

親の脛をかじりまくって、のほほんとしていた高校、短大時代を経て、金型加工を主たる業務としている企業で、麻里子は事務員として働き始めた。
しかし、わずか四ヶ月で、自己都合によりその企業を退職した。
辞める際には、健康上の理由などと言うもっともらしい口実を作ったが、本当のところを言えば、辞めた事に理由らしい理由はなかった。

―なんとなく? なんか、違う? みたいな?

突然、なんの相談もなしに仕事を辞めてきた娘を前に、憮然となった父親と、唖然となった母親に代わり、麻里子と向き合い、その理由をきつい口調で問いただす七つ年上の兄に、麻里子は淡々とそう答えた。
子どものころから『根気』『忍耐』『努力』の三つが極めて足りないと、そう言われ続けてきた、実に麻里子らしいその答えに、兄は処置なしとすぐに匙を投げ、両親は肩を落として怒り嘆いた。

そのまま、二ヶ月、三ヶ月……と、働きもせずに、両親の説教小言を朝に晩に聞き流しながら、とにかく自堕落な家事手伝い生活なるものを麻里子は送っていたのだが、年の瀬を前に、ついに父親が堪忍袋の尾を引きちぎった。

―とうに成人しているお前を、俺が食わせていく義理はない、出て行け。

そう言って、強制的に麻里子に荷造りをさせて、家から閉め出した。
いわゆる、勘当と言うやつだ。
荷造りとは言っても、麻里子の部屋にあったいくつもの家財道具の一切合切を、持ち出していくことなどできない。
麻里子が持ち出せたものといえば、大きなボストンバック二つ分のほどの衣料品や生活雑貨、そして僅かな残金しか残っていない預金通帳だけだった。

こうやって、唐突に宿なしとなった麻里子は、さてさて、これからどうしたものかと途方に暮れながらも、まあ、どうにかなるでしょうと、のん気に構え、とりあえず、そのとき付き合っていた男が暮らすアパートに、転がり込んだ。

そこに至っても尚、甘えたその考えを改めて、仕事を見つけて地道に働ていこうなどと言う殊勝な気持ちは、麻里子の中に沸いてこなかった。
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