つま先立ち不要性理論
 


「顔もいいし、そこそこ背もあるし、高学歴だし、インカレ出たことあるし、大手勤めで優しくて一途な男ってもうまさに俺だわ。俺しかいないわ」
「顔はいいけど背は普通、エスカレーターで名ばかりインテリ、いいとこまでいくけど土壇場で失速、親戚のコネで就職難を乗り越えた八方美人な甘えた野郎の間違いじゃない?」

「……振られたんですか、咲希サン」


先ほどからわたしたちの間に挟まれながら金網の上でジュージュー焼かれていたタン塩が、もう食べ頃だった。トングでぺらりと持ち上げた一枚を、敦史はわたしの皿へと放り込む。

「振られてない。振ったの!」
「理想にぴったりなやつだったんだろ? なんで? 性の不一致?」
「ちがっ……いやそれも無きにしもあらずだけどそれよりもっと根本的なところが」


ほんのつい一昨日まで付き合っていた彼は。完璧だった。何もかも。わたしの理想の彼氏像をそのまま体現したような人だった。
わたしのことを大切にしてくれていたように思うし、わたしも彼を大切にしていた。きっと、そうだ。


 
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