レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
「……あなたが忠告してくれたのは、このことだったの?」
 エリザベスは、彼の手を握ったままうなだれる。自分は、
 上手くやることができると思っていた。
 大陸にいた頃、辛酸をなめるような生活をしてきた。こちらの人間相手なら、たいていのことは上手くやれると思っていたのに。

 ダスティが意識を取り戻したのは、午後になってからだった。
「よかった――ダスティ!」
 エリザベスはそっと目をおさえる。医師やナースがあわただしく出入りして、診察を終えた後、ようやくダスティとの会話が少しだけ許された。

「リズ……、か。だから言ったろ? 危険だって」
「ごめんなさい」
「とはいってもしかたないね――もっと前に気がついていれば、君にも教えてあげられたんだけど」
 ダスティはそっとエリザベスに微笑んだ。エリザベスに握られたままの手を引く。そしてその手を毛布の下に隠した。

「しばらく舞台は出られないな――ミニーは何て言うだろう? でもまあしかたないな。この顔で舞台に出るわけにもいかないし」
 腫れた顔が元に戻るまでは、何日かかかることだろう。

「ねえ――リズ。君は、オルランド公爵から手を引くつもりはないのかな」
「……それは」
 うろうろとエリザベスの視線がさまよった。本音を言えば、手を引くのはくやしい。けれど、こんな風に周囲を巻き込むことになってしまったのなら、ここまでにしておくのが正解なのかもしれなかった。
 ――取り戻したいのは、幼い頃の思い出一つ。
 それならば、思い出については諦めた方がいいのかもしれない。

 口ごもるエリザベスを見て、ダスティは小さく笑った。彼女の迷いを、彼はしっかりと見抜いているようだ。
「諦めきれないって顔をしてるね。それなら、教えてあげるよ、エリザベス」
 リズ――ではなくエリザベス、と彼は正しく彼女の名を呼んだ。
< 164 / 251 >

この作品をシェア

pagetop