草食キラーな彼女

action.2 韓信の股潜り

 朝からずっと止まない雨のせいで薄暗い校舎。その奥深くにある空調の整ったPC教室にいてもベタつく感触が拭えない。
それほど嫌いな季節ではないけれど、やっぱり湿度が高いと居心地悪くてテンションが下がるというかなんというか……新しいことに挑戦する気には、あまりなれない。なので今日も昨日と同じくプログラミングの試作コードを打ち込むというひたすら地味な作業に没頭していると……気がつけば下校時刻まで残り30分を切ろうとしていた。

窓の外を眺めると、昼間よりもだいぶ雨脚が強くなったように見える。


(もうちょっとやっていきたかったけど、大降りになっても嫌だしなぁ……この辺にして早めに帰るか――)

通路を挟んで隣の席にいるはずのセイジに向かって声をかけようと、目線を上げて周囲を見渡した。

(あ……)

珍しいこともあるもんで、我がコンピューター部の紅一点である七瀬さんが、いつの間にか俺の隣の席に座っていた。確か教室に来たときは前の方の席にいたような気がするが……いつの間に移動してきたのだろうか。


(PCの調子でも悪かったのかな?)

ヘッドホンをつけながら、なにやら一心不乱にキーボードを打つ七瀬さんの姿をまじまじと見つめてしまう。


(こんなに近くで見るの初めてかも……やっぱ可愛いよなー。
ってか、腕ほそっ…!肌とか超白いし!
ほっぺた柔らかそう……なんか人形みたいな人だよな)

こんな、いかにも美人薄命っぽく、かよわそうなイメージの七瀬さんだが、実は頼られキャラだったりする。人望は俺なんかの数倍上をいってると思うし、今まで知らなかったけど、パソコンの基礎知識も相当あるっぽい。シスアドですか?と聞きたくなったほどだ。なにしろ始めっから新入部員たちがこぞって質問するのは3年で部長の俺ではなく、2年の七瀬さんなのだ。この2カ月、七瀬さんはいつも的確に質問に答え、テキパキと実演して見せたりしている……


(ホント、人は見かけによらないよな……ってか俺が頼りなさすぎるのか?)

確かに積極的に後輩たちに話しかけたりして関わりを持とうとしたことは無かったが、俺だって聞かれれば答えるし、頼まれればちゃんと教えてやるつもりだった。そもそも女子部員が欲しい!とか思ったのも、コンピューター部の未来を鑑みてのことだし!(たぶん1割くらいは)
部長として、部活のありかたとか、全く考えてないわけではない——ゲームしたり、ネットサーフィンしたり、私用で使ったり……「コンピューター部って遊んでるだけだろ?」なんて言われることもあるけど、やる気のあるやつはちゃんと活動してるんだよ。将来に備えて資格取得を目指していたりとか、俺みたいに実用趣味でシステムを構築したりとか……
”今どきワード、エクセル、パワポができて当たり前”の時代なんだから、授業でちょろっと教わるような基礎内容じゃなくて、日頃からもっと実用的な応用編のスキルに触れて慣れとけば、いざって時に習得も早いってもんよ。ブラインドタッチだって、習得すればかなり効率あがるし。
要するに、需要はあると思うんだよな……とくに機械に弱い傾向にある女子にこそ、必要な活動だと思うわけだ俺は!

ってことで、女子部員を集めるには同性である七瀬さんにアピールしてもらった方が興味を持ってもらい易かろう!という俺の発案で、4月の部活動説明会では七瀬さんにコンピューター部の紹介スピーチを顧問経由で頼み込んだのだった。そして七瀬さんは期待通り(いや、それ以上)の素晴らしくポジティブな説明をしてくれて……おかげで翌日から仮入部どころか本入部希望者が続々と集まって、現在の過去最多部員数に至る——と。
なので、もしかしたら今のこの部は七瀬さんの人徳で成り立っているのかもしれないな……


(俺がどんなに熱くコンピューター部の活動を宣伝しても、
説得力に欠けるというか……
男子ばっかで詰まんないから女子部員ほしいです!
な、アピールにしか映らなかったかもしれなくて……)

なんだかんだで、七瀬さん様々だよな——集まったのは男ばっかだったけど。。

セイジ
「…シ……おい、タカシ……!」

いつの間にかキャスター付の椅子を転がせて、近づいてきていたセイジが耳元で叫ぶ。


「な、なんだよっ……耳元で叫ぶなよ」

セイジ
「お前が聞いてないからだろ〜」

クラスメートで親友のセイジが、ひそひそ声で話しかけてくる。

セイジ
「七瀬さんがタカシの隣なんかに座るなんて珍しいよなって話。やっぱ内心ではしつこい連中をうざがってんだろーな。まじウケる」


「……は?」

セイジ
「は?って、なんだよ……キレんなよ」


「いや、怒ってんじゃなくて。しつこいって、何が?」

セイジ
「タカシ……おまえ、なんとも思わねーの?この状況」


「だから、どの状況?」

セイジ
「タカシさんよ……まさかとは思うが、お前この部屋に充満する空気に気付いてなかったりするわけ?
俺なんか毎回毎回 息詰まりそーなんですけど。ピンクすぎて!」


「ぴ、ぴんく……ってなんだよ。こ意味わかんねぇし」

セイジ
「意味わかんねーのはお前ほうだっつーの。マジで気付いてないわけ?
どう見たって俺ら以外の野郎全員、七瀬さん狙いで入部してきてんじゃん……
涙ぐましい駆け引きとか男同士の攻防とかで満ちた空気を感じないわけ!?
うわー、、シアワセな奴だねぇ~」


「は?なに言ってんだよ……んなわけねーだろ?
そもそも部活はそんな下らない動機で入部を決めるもんじゃねーし!」

そう言って今度は腰を上げながら、もう一度あらためて周囲を見回す。
するとパソコンに向かっているはずの後輩たちと目が合ったり、明らかに意識がこちら(正確には俺の隣席)に向いていて、聞き耳を立てている様子が見て取れた。


(……え、マジで……!?)



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